スキルアップ
2013年12月25日
滝川クリステルの「ビジュアルハンド」から学ぶ"伝える力"
[連載] 心を動かす!「伝える」技術【1】
文・荒井 好一
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2013年の10大ニュースとして、2020年・東京オリンピック・パラリンピック開催の決定は外せません。中でも最終プレゼンテーションで登場した滝川クリステルさんの「お・も・て・な・し」の場面は、いまでも印象が強く残っているのではないでしょうか。オーバージェスチャーとも思えるその手の動き(ビジュアルハンド)、実は一般的なプレゼンやスピーチにおいても大きな効果を発揮するのです。ここでは、彼女のビジュアルハンドから学べる、人の心を動かす伝える力について解説しましょう。


感性的アプローチは、非言語系がよく伝わる


 2020年オリンピック招致のプレゼンテーションで最も印象に残ったのは、彼女の「お・も・て・な・し」の手の動きと合掌のポーズでしょう。竹田理事長、水野副理事長といわば実務者たちの理性的な説明が続いた後、「起承転結」の「転」のポジションで彼女は登場しました。非常に重要な役回りですが、感性に訴える、それも共感を表す「手」を使ってコミュニケートしたことが、素晴らしい成果に繋がりました。

 どうして、このように効果的な演出が決まったのか――理性的なアプローチは当然必要ですが、それだけでは人の心を動かすことはできません。合理的な選択肢が示されたとしても、合理性だけでは人の共感は湧き起こらないからです。

 簡単に説得されることをよしとしない心理を、人は心の奥底に備えているからです。人はもっと温度のある、心地よい関わり方を本能的に欲しています。好き嫌いの感覚や、センスのあるなしを相手は無意識に受け止めています。滝川さんは、チームジャパンの感性的な心地よさを体現する役割を任されたのです。

 彼女は言うまでもなく、かなりの美貌の持ち主です。ですが、彼女が顔だけで、美しい表情だけで役目を担っていたとしたら、ここまで劇的なムーブメントにはならなかったでしょう。しかも、手が備えているコミュニケーション能力を人々が気づいていなかったゆえに、驚きと共に一挙にその伝える能力を爆発させたといえましょう。手の表現がここまで強いとは誰も知らなかったのですから。

 だってそうでしょう。彼女が何を話したのか内容はほとんど覚えていないのに、あのビジュアルハンド(目に見せる手)だけは明確に、映像として頭に残っていますね。仮に「おもてなし」を言葉だけで伝えていたとしたら、どんなに説明を重ね、様々に形容したとしても、印象度は低かったでしょう。

 例えば、こんな具合です。「日本にはお客様をお迎えする時に発揮する、ホスピタリティにあふれた言葉があります。それは『おもてなし』という言葉です。日本人が心をこめて世界からみなさまをお迎えします」と、もし言葉だけの通りいっぺんの伝達で済ませてしまったら、印象度は低く、聞く人の頭の中をさらりと流れていってしまったでしょう。

 ところが、滝川さんは「お・も・て・な・し」を視覚的に訴えて見せたのですね。左手を顔の右前に持ってきて柔らかく結んだ指の塊で、一語一語丁寧に花の蕾つぼみをそっと置くように順に示していきました。

 いうならば、音(おん)と中黒(・)の間隔をビジュアライズ(視覚化)していったのです。気持ちをこめて発音していき、結んだ手の動きにリズムを感じさせ、ぱっと最後に蕾が花開くように華やかなものを見せたのです。そして、余韻をおかずにすかさず、合掌とお辞儀が組み合わさりました。長いきれいな白い手が合わされて、相手を敬うように感謝を表すように頭を静かに下げました。こうした魔法のような一連のアクションで、キーワードの提示の仕方を、ビジュアルハンドで映像にしてみせたのでした。

 ですから、2分24秒という一番短い持ち時間で最も印象に残るスピーチになったのです(最も長かったのは安倍総理の5分13秒)。
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心を動かす!「伝える」技術
五輪招致7人のプレゼンターから学ぶ
荒井好一 著



【著者】荒井 好一(あらい よしかず)
1971年同志社大学法学部卒。総合広告会社・大広(業界4位)に38年在籍し、クリエイティブ・ディレクターとして、パナソニック、キリンビール、武田薬品などを中心に600本余りのプレゼン歴がある。クリエイティブ局長、経営企画局長を経て人事担当役員に就任し、専門教育プログラムを開発。2010年に、「一般社団法人 日本プレゼン・スピーチ能力検定協会」を設立し、理事長に就任。 新しいプレゼンテーションとスピーチの価値を開発・啓蒙すべく、日々研究を重ねている。 「目・手・声」の身体コミュニケーション機能を駆使する独自のメソッドで、「プレゼン・スピーチセミナー(全5回コース)」を、東京・永田町教室で30 期、大阪教室で5期、開催してきた。企業研修でも、みずほ総研のプレゼンテーション講座や、東京海上日動火災保険のカフェテリア研修に採用されている。企業経営者や幹部向けを含むパーソナルレッスンを60回以上実施。IT企業や技術メーカーの「伝えられる技術職」「売れる営業職」のスキル向上にも貢献し、高い評価を得ている。 著書に、『心を動かす!「伝える」技術 五輪招致7人のプレゼンターから学ぶ』(SBクリエイティブ)、『日本人はなぜスピーチを学ばないのだろう』(象の森書房)がある。
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