スキルアップ
2013年12月26日
五輪招致を決めた「チームプレゼン」の巧みな仕掛けとは
[連載] 心を動かす!「伝える」技術【2】
文・荒井 好一
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「起」に込められた、さまざまな仕掛け


 最初の「起」では、3人で3種類の異なる「起」を組み合わせてスタートさせました。

 高円宮妃は正式なプレゼンターではありませんが、チームジャパンのイントロダクションを担われたため、実質的には高円宮妃からが始まりでした。プレゼンテーションを立ち上げる「起」に高円宮妃を加えて、高円宮妃の「品性を喚起させる起」、佐藤真海さんの「感性を喚起させる起」、そして竹田理事長による「理性を喚起させる起」の3種類の「起」を、異なる色合いとして機能させたのです。

 高円宮妃の登場は別格としても、いままでの日本のプレゼンテーションでしたら、無難に竹田理事長による「理性的な起」からスタートさせていたことでしょう。会場のIOC委員たちの多くも、真面目な日本はきっとオーソドックスに始めるだろうなと思っていたところに、「あっと言わせる瞬間を用意する」(カーマイン・ガロ氏のForbus記事「日本のプレゼンに成功の7法則」)という仕掛けが、冒頭から放たれたのです。それはスタートに、若い女性を登壇させたことです。

「私がここにいるのは、スポーツによって救われたからです」という伏線となる一言と満面の笑顔で、佐藤真海さんはスピーチを始めました。しかも「あっ、と言わせる瞬間」をさらに2つ彼女に用意させていました。佐藤真海さんが瞬時笑顔を消して、そっと瞳を閉じたときに、背後のスクリーンにスポーツ義足のアスリートの写真が映し出されました。

「そうか! パラリンピアンがスピーチのトップバッターなのだ」という驚きが会場に広がりました。それが2つめの「あっ、と言わせる瞬間」でした。IOC委員たちが息をのむ 間もなく仕掛けは続きました。

「私はアテネと北京のパラリンピック大会に出場しました。スポーツの力に感動させられた私は、恵まれていると感じました。2012年ロンドン大会も楽しみにしていました。しかし、2011年3月11日、津波が私の故郷の町を襲いました」

 それが3つめの「あっと言わせる瞬間」でした。彼女の家族が、故郷が、被災者であり、被災地だったという事実。片足を失っても、「私にとって大切なのは、私が持っているものであって、私が失ったものではないということを学びました」と、個人の失意から立ち直り、彼女がスポーツで救われたところに、今度は故郷に悲劇が襲ったのです。

 冒頭、高円宮妃は、「日本は2011年に大きな地震と津波を体験しました。このとき、IOCの皆様に示していただいた深い同情に対し、感謝を一生忘れません」と、東日本大震災の被災地支援への謝意を伝えられましたが、次のプレゼンター佐藤さんがリアルな被災のエピソードを語りだしたのです。

「6日もの間、私は自分の家族がまだ無事でいるかどうかわかりませんでした。そして家 族を見つけ出したとき、自分の個人的な幸せなど、国民の深い悲しみとは比べものにもな りませんでした」

 この二重の伏線が、IOC委員たちに「世界が驚愕して賞賛した、被災地の日本人の精神の崇高なる資質の高さ」を思い起こさせたのではないでしょうか。

 略奪も犯罪も起こさず静かに秩序だって行動する日本人の姿。その日本の、東京が、オ リンピック・パラリンピックを開催しようとプレゼンテーションをしているのだ、とIOC委員たちに想起させたに違いありません。

 満面の笑顔に戻った佐藤真海さんはメッセージを続けます――「200人を超えるアスリートたちが、日本そして世界から、被災地におよそ1000回も足を運びながら5万人以上の子どもたちをインスパイアしています。私達が目にしたものは、かつて日本ではみられなかったオリンピックの価値が及ぼす力です」

 個人の事柄を語ることの意味を重視する世界の人たちにとって、佐藤真海というプレゼンターは、彼女個人でしか語り得ないスピーチを等身大で行い、深い感銘を与えながら、次のプレゼンターにバトンを託しました。

★★ここが学びのポイント★★
 起の役割は、主題の提示とは別に、プレゼンターと受け手の間に「関係性」を作ることです。「つかみで笑いを取る」というのは、関係性を作ることに他なりません。
 いきなり本題を始めるのではなく、相手が「あ、この人の話を聞いてみよう」と思ってくれるような仕掛けを施します。あ、気分がいいな、この人は感じがいいな、と思わせられれば成功です。





心を動かす!「伝える」技術
五輪招致7人のプレゼンターから学ぶ
荒井好一 著



【著者】荒井 好一(あらい よしかず)
総合広告会社・大広(業界4位)に38年在籍し、クリエイティブ・ディレクターとして、パナソニック、キリンビール、武田薬品などを中心に600本余りのプレゼン歴がある。クリエイティブ局長、経営企画局長を経て人事担当役員に就任し、専門教育プログラムを開発。2010年に、「一般社団法人 日本プレゼン・スピーチ能力検定協会」を設立し、理事長に就任。 新しいプレゼンテーションとスピーチの価値を開発・啓蒙すべく、日々研究を重ねている。 「目・手・声」の身体コミュニケーション機能を駆使する独自のメソッドで、「プレゼン・スピーチセミナー(全5回コース)」を、東京・永田町教室で30 期、大阪教室で5期、開催してきた。企業研修でも、みずほ総研のプレゼンテーション講座や、東京海上日動火災保険のカフェテリア研修に採用されている。企業経営者や幹部向けを含むパーソナルレッスンを60回以上実施。IT企業や技術メーカーの「伝えられる技術職」「売れる営業職」のスキル向上にも貢献し、高い評価を得ている。 著書に、『心を動かす!「伝える」技術 五輪招致7人のプレゼンターから学ぶ』(SBクリエイティブ)、『日本人はなぜスピーチを学ばないのだろう』(象の森書房)がある。
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