スキルアップ
2014年4月15日
仕事に効く、大人の漢文【2】「逆境を乗り越える」
[連載] 読むだけで人間力が磨かれる、大人の漢文【2】
監修・田部井文雄
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「仕事」「人間関係」から「自分磨き」さらに「趣味」まで、漢文には人間力を高めるための知恵が詰まっています。『論語』『老子』『史記』など、知っていそうで知らない古典から“人間力”を磨くのに役立つ名言を収録した『読むだけで人間力が磨かれる、大人の漢文』から、特に仕事に効く漢文を紹介しましょう。


現在の苦労をもっと前向きにとらえたい


 失敗したときには、いかに取り返すかこそが大事である。

 そうわかってはいても、逆境にあるときには心が折れそうになりがちなものです。そこで、そんなときに勇気づけてくれる名言を取り上げてみましょう。まずは、明王朝の時代の洪自誠(こうじせい)(一六世紀後半から一七世紀前半ごろ)の著で、人生訓に満ちた書として今でも愛読者が多い『菜根譚(さいこんたん)』の中の一節です。

◎疾風怒雨(しっぷうどう)も、倏(たちま)ち変じて朗月晴空(ろうげつせいくう)と為る。(菜根譚、前集)
訳)どんなに激しい暴風雨でも、あっという間に快晴の夜空に変わることがある。

 「怒雨」とは、激しい雨。「倏」はむずかしい漢字ですが、急にという意味。「朗月」は明るい月のことです。この苦しみを乗り越えれば美しい月を見上げることができるはずだ、と思うだけで、まだまだがんばろうという気力が湧いてくるというものです。

 ただし、今現在の苦労そのものをもっと前向きにとらえたい、という人もいらっしゃるでしょう。そういう方には、儒教の経典の一つ、『易経』から、次のようなことばはいか がでしょうか。

◎尺蠖(せきかく)の屈するは、以って信(の)びんことを求むるなり。(易経、繋辞伝下)
訳)尺取り虫が体を折り曲げるのは、体を伸ばして進むためである。

 「蠖」は、「尺蠖」の形で使われ、尺取り虫を指します。「信」には、もともとは音読みが同じ「伸」に似た意味があり、「伸ばす」ことを表しています。

 尺取り虫が体をググッと折り曲げる姿は、いかにも苦しそうに見えます。しかし、その苦しみは、体を伸ばして前進していくための準備です。苦しみがなくては、前進することはできないのです。

 逆境こそが、人間を育てるものです。今現在、苦労をしているのならば、その苦しみをしっかりと味わっておくことこそが、将来のためになるのです。

 『易経』は、占いの「易(えき)」のもとになった書物で、未来を知るための方法を記したものです。現在は常に未来のためにあると考えれば、逆境を乗り越えていくこともできるのではないでしょうか。

神様は見ていてくれる、と信じて努力を続ける方法も


 以上の二つの名言は、どちらも比喩になっています。そこで、もう一つ、『論語』から 力強い比喩を紹介しておきましょう。

◎歳(とし)寒くして、然(しか)る後に松柏(しょうはく)の彫(しぼ)むに後(おく)るるを知るなり。(論語、子罕編)
訳)一年で最も寒い季節になって初めて、常緑樹がなかなか落葉しないとわかる。

 「然る後に」とは、そうなった後にという意味。また、日本語では、「柏」は「かしわ」と訓読みして、落葉樹の一種を指しますが、中国語での「柏」は、コノテガシワという常緑樹のこと。「松」と並んで、冬でも緑を保ち続ける樹木の代表です。「彫」は、ここでは「凋(ちょう)」と同じで、樹木の葉がしおれることです。

 仕事がうまく行っているときには、誰だって輝いて見えるものです。しかし、本当に輝く人間は、逆境の中にあるときこそ、その存在価値を発揮します。孔子は、そのことを、冬でも緑を失わない常緑樹にたとえて、力強く表現して見せているのです。

 最後は、『老子』から、ありがたい名言を。

◎天道(てんどう)は親(しん)無し、常に善人に与(くみ)す。(老子、第七十九章)
訳)天の道はえこひいきせず、いつも善人の味方をする。

 現代の感覚からすると、あまりにもきれいごとに過ぎるでしょうか。

 しかし、自分が「善人」であると思えなければ、この名言を信じることはできません。「天道」に味方してもらえるように、日々、努力することが必要だ、と読み換えることもできるでしょう。

 苦しみの先に広がる、楽しい情景を想像するもよし。この苦労こそが将来に生きてくるのだと考えて、じっと辛抱するもよし。苦難の中でこそ輝く本物の人間になりたい、と願って努力するもよし。神様は見ていてくれる、と信じて努力を続けるもよし。

 逆境の乗り越え方は、人それぞれです。

(第2回・了)





読むだけで人間力が磨かれる、大人の漢文
こんな場面で使いこなしたい!
田部井文雄 監修



【監修】田部井文雄(たべいふみお)
1929年生まれ。東京教育大学大学院修士課程修了。都留文科大学、千葉大学教授を経て、現在、湯島聖堂斯文会参与。『大漢和辞典』を初めとする漢和辞典、高校教科書などの編集に数多く携わり、NHKラジオ、テレビの放送なども担当。現在は、朝日カルチャーセンターや湯島聖堂斯文会などで、漢詩文に関する講義を行っている。主な著書に、『唐詩三百首詳解(上・下)』『中国自然詩の系譜』『四字熟語物語』(いずれも大修館書店)、『陶淵明集全釈』(共著、明治書院)、『漢文塾 漢字文化の魅力(上)』『漢詩塾 漢字文化の魅力(下)』(いずれも明治書院)など。また、『親子で楽しむこども論語塾』(明治書院)、『絵でみる論語』(日本能率協会マネジメントセンター)、『読むだけで人間力が磨かれる、大人の漢文』(SB新書)などの監修も務めている。
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