スキルアップ
2014年5月13日
仕事に効く、大人の漢文【3】「タイミングを逃さない」
[連載] 読むだけで人間力が磨かれる、大人の漢文【3】
監修・田部井文雄
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「仕事」「人間関係」から「自分磨き」さらに「趣味」まで、漢文には人間力を高めるための知恵が詰まっています。『論語』『老子』『史記』など、知っていそうで知らない古典から“人間力”を磨くのに役立つ名言を収録した『読むだけで人間力が磨かれる、大人の漢文』から、特に仕事に効く漢文を紹介しましょう。


好機を逃してしまうと、かえってその後が怖い!?


 慎重に構えるのと、大胆に進めるのと、どちらがよいのか。

 これは、なかなかむずかしい問題です。ただ、一般論としては、ふだんは慎重に構えておいて、タイミングを見計らって大胆に進める、ということになるのでしょう。

 そこで、タイミングを捉えることの重要性を教えてくれる名言を、またまた『史記』から拾い上げてみましょう。

 始皇帝が亡くなり、陰謀によって二世皇帝が即位すると、秦王朝の政治は混乱し、各地で反乱が続発します。そんな状況の中で、今の浙江省あたり、長江の東側の地域で地方長官をしていた殷通(いんとう)(?~前二〇九)という人物もまた、一旗揚げようと反乱を画策して、軍略に秀でた項梁(こうりょう)(?~前二〇八)に相談を持ちかけました。

 「長江の西側で反乱が起きているのは、天が秦を滅ぼそうとしているのです」

◎先んずれば即(すなわ)ち人を制す。(史記、項羽本紀)
訳)いち早く行動すれば、まわりを押さえ込むことができる。

 このタイミングを逃さず兵を挙げれば、まだ反乱が起こっていない長江の東側の地域を制圧することができる、と考えたのです。

 こうして兵を挙げた項梁の甥が、「大行は細謹を顧(かえり)みず」のところで触れる項羽です。すぐに頭角を現した項羽は、天下統一の急先鋒へとのし上がっていったのでした。

 ところで、その項羽と激しい争いをくり広げた劉邦の陣営には、天才的な軍略家として知られた韓信(かんしん)(?~前一九六)という人物がいました。項羽と劉邦がガップリ四つに組んでいたころ、韓信は、ある策士から、劉邦から独立して第三勢力として立つよう、入れ知恵をされます。そのときに言われたことばが、次の名言です。

◎天与(てんよ) 、取らざれば、反(かえ)って其の咎(とが)めを受く。(史記、淮陰侯伝)
訳)天が与えてくれるものを受け取らなかったら、逆にバチが当たる。

 二人の英雄の争いは、今、膠着状態にあります。それは、将軍として絶大な才能を持つ韓信にとって、またとないチャンスだというのです。こんな幸運を逃してしまったら、あとでどんな災難に襲われるか、わかったものではないですよ、と。

 ただし、将軍としては名声をほしいままにした韓信も、このときは、思い切った決断を 下すことができませんでした。

 のちに劉邦が天下統一を果たすと、韓信は謀反の疑いをかけられて地位を下げられ、最後には処刑されてしまいます。天が与えてくれた絶好のチャンスを逃した彼は、結局、「其の咎めを受く」という結末を迎えたのでした。

 タイミングを逃して後悔した経験は、だれにでもあるものでしょう。そんなときはこの 名言を思い出して、次のチャンスは逃すまい、と固く決意するしかないですね。

兵法書の名著に説かれる、慎重さと大胆さのバランス


 さて、ふだんは慎重にしていてタイミングが来たら大胆に転じる、ということを、兵法 書『孫子』では、次のような比喩で説明しています。

◎始めは処女の如く、後には脱兎(だっと)の如し。(孫子、九地編)
訳)最初は恥じらう乙女のようにおとなしくしておいて、チャンスが来ると逃げ出すウサギのように迅速に行動する。

 これは、『孫子』の文章をちょっと切り詰めたものです。

 原文では、「始めは処女の如くにして、敵人、戸を開き、後には脱兎の如くにして、敵、拒(ふせ)ぐに及ばず」となっています。処女のようにふるまって敵の防禦を緩めさせておいて、油断したスキに脱兎のように攻撃すれば、敵は防ぐことができない、というわけです。

 さすが、世界に名だたる兵法書。巧妙な作戦ですね。

 私たちの仕事の場面では、ここまで策略を弄すると、あとあと、いろいろなしこりが生じてしまうかもしれません。

 ただ、この名言では、天が与えてくれるチャンスをただ待つだけではなく、敵を油断させることによって、チャンスを作り出そうと積極的にはたらきかけている点に、注目すべきではないでしょうか。

 タイミングを待っているだけでは、いざ、その時が来たのにうっかり逃してしまうことになりかねません。慎重な中にも攻めの姿勢を忘れない。いいタイミングを呼び込むような、チャンスを自分で作り出すような心がけで、仕事を進めたいものです。

(第3回・了)
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読むだけで人間力が磨かれる、大人の漢文
こんな場面で使いこなしたい!
田部井文雄 監修



【監修】田部井文雄(たべいふみお)
1929年生まれ。東京教育大学大学院修士課程修了。都留文科大学、千葉大学教授を経て、現在、湯島聖堂斯文会参与。『大漢和辞典』を初めとする漢和辞典、高校教科書などの編集に数多く携わり、NHKラジオ、テレビの放送なども担当。現在は、朝日カルチャーセンターや湯島聖堂斯文会などで、漢詩文に関する講義を行っている。主な著書に、『唐詩三百首詳解(上・下)』『中国自然詩の系譜』『四字熟語物語』(いずれも大修館書店)、『陶淵明集全釈』(共著、明治書院)、『漢文塾 漢字文化の魅力(上)』『漢詩塾 漢字文化の魅力(下)』(いずれも明治書院)など。また、『親子で楽しむこども論語塾』(明治書院)、『絵でみる論語』(日本能率協会マネジメントセンター)、『読むだけで人間力が磨かれる、大人の漢文』(SB新書)などの監修も務めている。