カルチャー
2014年6月17日
なぜピーチ機は異常降下し、なにが墜落を防いだのか?
文・藤石 金彌  監修・一般財団法人 航空交通管制協会
  • はてなブックマークに追加

 2014年4月28日、午前11時47分ごろ、Peach Aviation株式会社(以下、ピーチ社)のMM252便(石垣空港発~那覇空港行、エアバスA320-200、乗客乗員59人)が、那覇空港(沖縄県)への最終着陸進入中、進入降下経路を下回って飛行しました。海抜75mという低空で飛行してしまったのです。ピーチ社は、全日本空輸(ANA)系のLCC(格安航空会社)です。

 MM252便は、那覇空港の北約10kmで降下を開始しましたが、これは通常運航時より約4km手前の位置です(通常は那覇空港まで約6kmの地点で降下を開始する)。また降下開始高度も、通常時は高度約300mですが、それよりも約200m低い高度約100mで降下を開始し、車輪を下ろして着陸体勢に入りました。

 MM252便は、そのまま空港から約7kmの海上まで飛行しますが、対地接近警報装置(GPWS:Ground Proximity Warning System)が作動します。パイロットはこれに気がつき、ただちに機首上げの緊急回避操作で上昇して、着陸復行(ゴー・アラウンド)の後、那覇空港に着陸しました。

コクピット・ボイスレコーダーが上書きされた可能性も


 操縦していたアルゼンチン国籍の男性機長は「管制官から降下の指示がでたと勘違いした」と述べており、管制官も「高度に関する指示はだしていない」と説明しているようです。

 着陸後、この機長は対地接近警報装置が作動したことを会社に報告しませんでした。この結果、トラブルを起こした機体は、そのまま6時間ほど運航を続けてしまったため、コクピット・ボイスレコーダーが上書きされてしまい、トラブル時の記録が消失した可能性もあるようです。

 また、乗客などの話では、トラブル直後に「急な気象の変化のため着陸を見合わせた」という事実とは異なるアナウンスもあったようです。このように、トラブル時の通報、記録保持が徹底されておらず、トラブルの原因解明や対策には時間がかかる見込みです。

 これを受けて国土交通省は、このアクシデントを「重大インシデント(事故につながりかねないトラブル)」と判断し、運輸安全委員会が調査を開始しました。

計器着陸装置(ILS)が設置されていたら起きないトラブル


那覇空港の北東から眺めた滑走路 ※クリックすると拡大

 今回のトラブルが発生した那覇空港は、気象条件によって北からの滑走路18を使います。しかしこの進入コースは、計器着陸装置(ILS:Instrument Landing System)を設置しておらず、着陸誘導管制(GCA:Ground Controlled Approach)が行われています。

 着陸誘導管制では、ターミナル・レーダー管制所の進入誘導管制官が、精測進入レーダー(PAR:Precision Approach Radar)や空港監視レーダー(ASR:Airport Surveillance Rader)で着陸機をモニターしながら、無線で滑走路直前まで誘導します。しかし、最近は着陸誘導管制が減っており、不慣れなパイロットがミスを犯したのかもしれません。

 着陸誘導管制は、計器着陸装置を備えない航空機(たとえば旧式の戦闘機)などに適用される着陸方式ですが、もし計器着陸装置が設置されていれば、計器着陸装置は自動操縦装置と連動していて、自動的に着陸コースに乗るため、今回のようなトラブルは起きなかったでしょう。

 那覇空港の滑走路18で計器着陸装置が設置されていない理由は、進入コースが、嘉手納飛行場(米空軍)への進入コースと交差するため、進入高度が計器着陸装置の進入高度基準よりも低く抑えられているからです。これにより計器着陸装置を設置できないので、精測進入レーダーによる着陸誘導管制が行われています。

 ちなみに旧式の戦闘機が計器着陸装置を備えていない理由は、コクピットが狭くて計器着陸装置を搭載するスペースがなかったり、昔は基地そのものに計器着陸装置がなかったりしたからです。現在は戦闘機が大型化してコクピットも広くなり搭載スペースもでき、基地にも設備が整ったことから、計器着陸装置を搭載するのが一般的です。現在、米軍の戦闘機はほとんどが計器着陸装置を搭載しており、航空自衛隊のF-15Jには1990年前後から順次、F-2には最初から搭載されています。

墜落を防いだ対地接近警報装置(GPWS)とは?


 このように、MM252便の異常降下は墜落という大事故を引き起こしかねないものでしたが、墜落を防いだ対地接近警報装置(GPWS)とはどういうものなのでしょうか?

 地上接近警報装置は、パイロットが気づかぬうちに山や地表、海面に衝突する事故(CFIT:Controlled Flight Into Terrain)を防ぐため異常接近を警告するシステムです。

 対地接近警報装置は常時、電波高度計の高度、上昇や下降による気圧高度の変化、計器着陸装置の進入角度などから、地表や海面への異常接近を検知すると音で警告を発します。音による警告は2段階に分かれています。

 第1段階はコクピット・パネルに赤い警報灯が点滅し、「シンクレート(降下率)」「テレイン(地表)」「ドント・シンク(降下するな)」などの注意(alert)音声です。地表衝突の危険性がさらに高くなる第2段階になると、「フゥープ、フゥープ」という警報音が発せられ、続いて「プル・アップ(引き起こせ)」という警告(warning)音声も発せられます。

 パイロットは、これらの音声に気がつくとただちにエンジンの推力を増して機首上げ操作を行い、衝突を回避するよう操作します。いったん発せられた警報は、航空機が危険な状態から脱するまで継続します。今回の異常降下では、この対地接近警報装置が墜落を防いだのです。

 なお、最近では、前述の対地接近警報装置の機能を向上させた強化型対地接近警報装置(EGPWS:Enhanced Ground Proximity Warning System)の搭載が進んでいます。従来の対地接近警報装置では、急峻な地形に接近したとき回避が間に合わないことがありました。強化型対地接近警報装置は、山などの地形データベースを備え、GPSなどによる自機の位置情報と照合、前方の山などに接近する前に注意を喚起するようになっています。

(了)


カラー図解でわかる航空管制「超」入門
安全で正確な運航の舞台裏に迫る
藤石金彌 著  一般財団法人 航空交通管制協会 監修



【著者】藤石 金彌(ふじいし きんや)
1942年、東京都生まれ。航空ジャーナリスト。明治大学経営学部経営学科卒。卒業後、朝日ソノプレス社に入社。『月刊朝日ソノラマ』編集部を経て、中央労働災害防止協会では『安全』『労働衛生』などの月刊誌編集長を務める。おもな著書は『カラー図解でわかる航空管制「超」入門』。元交通政策審議会航空分科会委員。

【監修者】一般財団法人 航空交通管制協会
航空交通の発展と安全確保を目指す一般財団法人。航空交通管制システムの調査研究、航空交通管制にかかわる国際協力、航空交通管制に関する知識の普及、航空交通管制業務への協力、出版などを行っている。
  • はてなブックマークに追加