ビジネス
2014年6月23日
吉本興業は決算書までおもしろい!
[連載] 一瞬で決算書を読む方法【4】
文・大村大次郎
  • はてなブックマークに追加

借金ゼロ! 吉本興業の財務は驚くほど健全


 吉本興業の決算書で、もっとも凄い点は銀行からの借入がほとんどないことである。

 貸借対照表の「長期借入金」の欄は、常に非常に額が少ないのである。

 吉本興業というのは、お笑いの興行を主たる事業としており、劇場などの不動産も多く保有している。

 不動産を持っている企業というのは、だいたい銀行から借金をしているものである。不動産を買うには多額の金が必要であり、また不動産を持っていればお金を借りやすいため、「不動産の所有」と「銀行からの借入」はセットのようになっているのだ。

 吉本興業も、はじめから銀行借入がなかったわけではない。戦争で所有する劇場などが大きなダメージを受けた吉本興業は、戦後、設備投資のために多額の借金をした。

 しかし、テレビへの進出で業績を上げた吉本興業は、昭和40年代に銀行からの借入は完済した。その後も、新しく劇場をつくるときには、増資をしたり、既存の施設を売却したりするなど、借入金による投資はしてこなかった。

 健全経営の見本のようなものである。

 借金がないというのは、企業にとって非常に大きい。

 まず利子を払わなくていいという、単純な利点がある。「ケチ」な吉本にとって、利子を払うなんてことは、もったいなくてしょうがなかったはずだ。

 またこのほかにも、銀行からお金を借りなければ、銀行の言うことを聞かなくていい、というメリットもある。

 銀行から多額の借金をしている企業というのは、どうしても銀行の言うことを聞かなくてはならない場合が出てくる。そういうことをしていれば、銀行本位の事業展開にならざるを得ない。吉本はそれを避けたのだろう。

 1987年、60億円をかけて吉本会館を建設した時も、すべて自己資金で賄った。

 銀行からの借入が少ない企業は、ほかにグリコが有名である。両社とも大阪を発祥としているところが興味深い。大阪商人は借金を嫌うというところだろうか?

吉本興業はなぜバブル崩壊の影響を受けなかったのか?


 吉本興業は不動産事業も行っていたにもかかわらず、バブル崩壊の影響をほとんど受けなかった。

 吉本興業は無借金経営のうえに、東京、大阪の一等地に多くの土地を所有している。

 バブル時には、銀行などが様々な投機話を持ってきていたはずである。また、故・林正之助会長は株式投資が趣味ともいえるような人であり、吉本が投機に手を出す素地は十分にあったのだ。

 しかし、吉本興業はこれほど金に執着する会社でありながら、バブル時の投機話にはほとんど乗らなかったのである。

 「なぜ吉本がバブル期の投機話に乗らなかったのか?」
 「なぜ吉本はバブル崩壊の影響をほとんど受けなかったのか?」
 ということは、経済界では謎とされてきた。

 当時の吉本の役員など関係者は、「吉本興業は大衆に目指した企業であり、本業はあくまでお笑い。だから怪しい投機話には乗らなかった」などと発言している。

 確かにそう言う面もあるだろう。

 しかし、これは後からこじつけた手柄話の要素も強いように思われる。バブル時代のビジネスマンで、バブルの崩壊を予想できた人はそうそういなかったのだから......。

 しかも、吉本はバブル期にはテナントビルを建設するなどして、不動産事業を拡張している。バブル期の儲け話にまったく色気がなかったということではないのだ。

 吉本が、バブル崩壊で身を持ち崩さなかった最大の理由は、前述したように吉本が借金を嫌っていたということだろう。バブル期というのは、銀行から借金して不動産を購入した企業が、もっとも大きな影響を受けた。

 銀行から借金していなかった吉本興業は、必然的にバブル崩壊の影響を免れたのである。

 今回の連載はちょっと脇道にそれたが、これまで全4回、国税調査官の「一瞬で決算書を読む方法」をご紹介してきた。

 ほんのわずかな知識があれば、決算書のかなりの部分は瞬時に読み解けるものであり、吉本興業のことなども、このように違った視点で見ることができるのである。

 決算書が読めるようになれば、ビジネス社会を生き抜くための大きなスキルになるのは確かである。しかし忙しいビジネスマンにとって、決算書を一から学ぶような時間はなかなかとれない。

 そんな人に打ってつけなのが、これまで紹介してきた国税調査官の「一瞬で決算書を読む方法」である。ぜひそのスキルを身につけていただければと、筆者は考えている。

(了)





一瞬で決算書を読む方法
税務署員だけのヒミツの速解術
大村大次郎 著



【著者】大村 大次郎(おおむら おおじろう)
大阪府出身。元国税調査官。国税局で10年間、主に法人税担当調査官として勤務し、退職後、経営コンサルタント、フリーライターとなる。執筆、ラジオ出演、フジテレビ「マルサ!!」の監修など幅広く活躍中。主な著書に『あらゆる領収書は経費で落とせる』『税務署員だけのヒミツの節税術』(以上、中公新書ラクレ)、『税務署が嫌がる「税金0円」の裏ワザ』(双葉新書)、『無税生活』(ベスト新書)、『決算書の9割は嘘である』(幻冬舎新書)、『税金の抜け穴』(角川oneテーマ21)など多数。最新著書は『一瞬で決算書を読む方法』(SB新書)
  • はてなブックマークに追加