ビジネス
2014年8月11日
上場を目指す会社はなぜ、粉飾が表れやすいのか?――国税調査官だけのヒミツの決算書速解術(6)
[連載] 一瞬で決算書を読む方法【10】
文・大村大次郎
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国税調査官は実は会計の知識がそんなにないにもかかわらず、会社の数字の嘘を瞬時に見抜いています。そのスキルは知識や時間のないビジネスパーソンにうってつけのものといえるでしょう。本連載では、元国税調査官で新書累計70万部のベストセラー作家・大村大次郎の最新刊『一瞬で決算書を読む方法』から、「あまり勉強せずに会社の業績を読めるようにしたい…」「会社が公表する決算書に騙されたくない…」人向けに、決算書を読むツボを紹介していきます。


海外展開している企業も脱税しやすい


 その企業が海外展開をしているかどうか、というのも、決算書を読み解く際に重要な手掛かりとなる。

 たとえば、アジアなどに海外展開している企業は、決算書の営業利益が低く出る傾向にあるからだ。

 なぜ、海外展開している企業は、営業利益が低くなるか、と言うと、そのカラクリは次のとおりである。

 アジア諸国などでは日本に比べて法人税が安くなっているので、日本の本社よりも、海外の子会社に営業利益を多く計上させたほうが得である。だから、日本の本社が受け取るロイヤリティーを低く設定したり、本社から子会社へ格安で資材の提供を行ったりして、本来は本社の利益となるはずのものを子会社に移転するのだ。

 そして、日本の本社は、子会社から配当を受けるという形で、利益を吸収するのだ。海外では配当にかかる税金も安く設定されていることが多く、また、日本でも海外からの配当には優遇措置が講じられている。だから、本社は自分で利益を出すよりも、子会社から配当を受け取ったほうが税金が安くなるのだ。

 そのわかりやすい例が、大和ハウス工業の課税漏れ事件である。

 この課税漏れの経緯は、次のとおりである。

 大和ハウス工業は、中国の子会社に無償提供したソフトの製作費を、本社の経費として計上していた。

 本来は、中国の子会社で使っているソフトの製作費なのだから、中国の子会社が負担すべきである。それを、本社の経費としていたのだ。

 この経理処理に関しては、「偽装工作があった」として、大阪国税局は重加算税を課した。重加算税というのは、本来払うべき税金に35%上乗せして払わさせる税金のことで、罰金的な意味合いがある。

 大和ハウス工業が、このような経理処理をしたのは、もちろん税金を安くするためである。

 大和ハウス工業というのは、上場企業である。何度か触れたように、上場企業というのは、なるべく多くの利益を残したいと思うものであり、粉飾は行うが、脱税は行わないのが一般的である。

 にもかかわらず、なぜ大和ハウス工業は、故意に課税漏れなどをしたのか?

 それは中国のほうが法人税が安いからである。そして、中国の子会社などから受け取った配当金は、日本の税制上も優遇されている。大和ハウス工業にとっては自社で利益を出すよりも、中国の子会社に利益を出させて配当を受け取るほうが得になるのだ。なので、自社の利益を削ってでも、中国の子会社に利益を出させようとしたわけだ。

 世界中に関連会社を持つ企業は、税金の安い国の子会社に利益を集中させることによって、グループ全体の税金を安くすることができる。

 だから、中国などの税金の安い地域の子会社には、ロイヤリティーを安くしたり、格安で材料の納入を行ったりするのだ。

 日本の税務当局としては、それを黙って見すごすわけにはいかない。

 税金の安い国の子会社に対して、通常よりも有利な条件で取引を行った場合は、「移転価格税制」と言って、本来の取引額との差額を課税することにしている。

 大和ハウス工業に限らず、昨今の大企業の課税漏れでは、このようなケースが非常に多いのだ。

 こういうニュースを見ると、一般の人はすぐに「ならば、日本の法人税も下げるべき」と考える。

 しかし、事はそう簡単ではない。大企業は、法人税が安いから、中国や発展途上国に進出しているわけではなく、人件費や土地代が安いからである。だから、法人税を下げたからといって、大企業の海外進出が止まるわけではないのだ。

 そして、海外子会社を使った「課税逃れ」というのは、海外子会社の配当金への課税が優遇されているから生じるものでもある。海外子会社からの配当金に、当たり前に課税すれば、このような弊害は防げるのだ。その点を誤解しないようにしないと、いたずらに大企業の減税ばかりを促進させてしまうのである。

上場を目指している企業は粉飾しやすい!


 先ほど、同族会社や海外展開をしている企業は脱税をしやすいということをご紹介した。

 では、どんな会社が粉飾しやすいか、と言うと、真っ先に挙げられるのが、上場を目指している企業である。

 まあ、これは当たり前と言えば当たり前でもある。

 企業にとって、ある意味、創業して「最初の目的」とも言えるのが、上場企業になることだろう。もちろん、そう簡単に上場企業になれるわけではない。

 上場企業となるためには、非常に高いハードルをクリアしなければならない。たとえば、東証一部の上場では、最近2年間の経常利益の総額が5億円以上もしくは時価総額が500億円以上など、超一流企業であることが求められる。

 しかし、それをクリアすれば、企業は莫大な見返りを得ることができる。

 これまでの数十倍、数百倍もの資金調達を株式市場から行うことができるのだ。また、創業者は持ち株を売却することで、莫大な資産を得ることができる。

 そのため、企業は是が非でも上場したいと思うものである。そして、その際に、条件をクリアするために、粉飾を行うことが多いのだ。

 だから、上場を間近に控えている企業、上場の検討をしている企業などに対しては、よくよく厳しい目を注がなくてはならない。

 たとえば、わかりやすい例にビックカメラの粉飾事件がある。

 2008年に明るみに出たビックカメラの粉飾事件を、簡単に言うと次のとおりである。

 ビックカメラは、まず特別目的会社を作り、ビックカメラの所有地の売買などを行った。ビックカメラは、自社の土地をこの特別目的会社に290億円で売却し、それを311億円で買い戻している。特別目的会社は、21億円の売却益を得たのちに、解散したことになっている。

 そして、この特別目的会社は、ビックカメラに清算配当金として49億円を出し、ビックカメラはこの配当金を利益に計上したのだ。

 この操作のどこがまずいか、と言うと、要は「自分で金を出し入れしただけなのに、それを売上に計上して、売上額を大きくしたこと」である。

 特別目的会社というのは、ビックカメラが出資して作った会社である。だから、この会社というのは、ビックカメラの分身である。この会社から金をもらったとしても、それは自分の金が戻ってきたにすぎない。

 しかし、出資したときのお金は、事業の損益には関係しない。だから、どこかに出資しておいて、後でそのお金を売上として回収すれば、粉飾決算ができるわけだ。

 たとえば、私がA社という会社を作るために、1000万円出資したとする。この1000万円は、私の事業の損益とは関係ないので、私の事業の経費にはならない。

 その後、このA社に、私が1000万円の売買を行ったとする。A社から私に1000万円が支払われる。そして、私の事業の売上に1000万円が計上される。これは金の流れから見ただけならば、私がA社に出した1000万円が戻ってきたにすぎない。

 しかし、商取引を介在することにより、私の出した1000万円が、私の事業の売上に計上されることになるのだ。

 これと似たようなことをビックカメラはやっていたのだ。

 ビックカメラは、自分が金を出して会社を作り、その会社が解散したので金が戻ってきた。この戻ってきた金を利益に計上したのだ。本来は自分の金を出資し、相手先が解散したのでそれが戻ってきたにすぎない。しかし、解散したときの清算配当金は、利益に計上できるというルールがあったので、それを悪用したのである。

 ビックカメラは、この時期、東証上場を控えていた。

 だから、上場のために決算書を誤魔化したと見られても仕方のないところである。ビックカメラは、この粉飾決算書で東証一部上場を果たし、当時の会長は持ち株の売却により60億円の収入を得た。

 その後、この粉飾取引が発覚した。しかし、証券取引等監視委員会の出した結論は意外にも軽いものだった。

 法人としてのビックカメラは課徴金約2億5000万円、元会長の新井隆司氏は課徴金約1億2000万円で済んだのだ。東京証券取引所もいったんは、上場廃止を検討する監理銘柄に指定したが、後に解除している。

 ライブドアが14億円の粉飾で、東京地検特捜部の強制捜査を受けたことに比べれば、49億円の粉飾で、しかも上場を控えていたビックカメラに対する処置は非常に甘い。これを見ると、粉飾事件というのは、世情や政治によって、その処置が変わってくると言える。

(了)





一瞬で決算書を読む方法
税務署員だけのヒミツの速解術
大村大次郎 著



【著者】大村 大次郎(おおむら おおじろう)
大阪府出身。元国税調査官。国税局で10年間、主に法人税担当調査官として勤務し、退職後、経営コンサルタント、フリーライターとなる。執筆、ラジオ出演、フジテレビ「マルサ!!」の監修など幅広く活躍中。主な著書に『あらゆる領収書は経費で落とせる』『税務署員だけのヒミツの節税術』(以上、中公新書ラクレ)、『税務署が嫌がる「税金0円」の裏ワザ』(双葉新書)、『無税生活』(ベスト新書)、『決算書の9割は嘘である』(幻冬舎新書)、『税金の抜け穴』(角川oneテーマ21)など多数。最新著書は『一瞬で決算書を読む方法』(SB新書)
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