カルチャー
2014年12月11日
近代的な軍事制度を取り入れた日本軍の興亡から何を学べるか
[連載] 大局を読むための世界の近現代史【2】
文・長谷川 慶太郎
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批判を許容せず、進歩する努力を怠った結末


 また、陸海軍ともに軍隊の運用が秘匿化されるようになり、その結果、日本では第二次世界大戦が終わるまで、「軍事評論家」という職業は成立しませんでした。軍事評論家による客観的な意見は、ときには耳が痛い批判もありますが、軍隊が進歩するための貴重な意見でもあります。

 しかし、日本軍は批判が出るのを嫌がり、軍隊に関する評論そのものを封じてしまったのです。これは日本軍が自ら進歩する努力を放棄したことを意味します。

 これに対し、欧米では第一次世界大戦後、民間の軍事評論家が急増します。例えばイギリスのリデル・ハートは『タイムズ』紙、アメリカのハンソン・ボールドウィンは『ニューヨーク・タイムズ』の軍事記者として、軍部を批判する「軍事評論」を掲載していました。

 第一次世界大戦で敗れたドイツでも軍事評論家が生まれ、彼らの論評は各国の軍部の刺激にもなりました。このような世界の流れを見ても、日本が軍事評論という点で時代に逆行していたことがうかがえます。

 軍隊を批判するシステムをつぶした結果、「日本陸軍の装備、そして日本海軍の艦艇は世界一の性能を誇り、それを操作して戦う日本人は精神力、技術水準、戦闘能力のすべてにおいて世界を圧倒する最強の軍隊である」と宣伝されるようになりました。これは軍人たちの自己満足感を高めるのと同時に、新しい技術を日本陸海軍に導入するうえでは大きなマイナスとなったのです。

 日露戦争後に陸軍大学校に入学した学生は、日本陸軍が制定した典範令を丸暗記することしか許されませんでした。このような教育が続くとどうなるか。当然ながら高級将校の戦術能力が低下し、さらに近代戦を戦うために必要な知識を学ぶ意欲が失われます。

 これは、海軍においても同じでした。海軍大学校に入学した学生は、「海戦要務令」という秘密文書の丸暗記をさせられました。この「海戦要務令」に規定されたとおりの海戦を図上演習で学び、さらにその指揮に習熟することが教育の中心になりました。

 その結果、近代戦で必要とされる柔軟な思考や判断力を持つ指揮官がいなくなり、陸海軍ともに高級指揮官には凡庸な人物ばかりがそろうようになってしまったのです。

(第2回・了)





大局を読むための世界の近現代史
長谷川慶太郎 著



長谷川慶太郎(はせがわけいたろう)
国際エコノミスト。1927年京都府生まれ。1953年、大阪大学工学部卒。新聞記者、雑誌編集者、証券アナリストを経て独立し、現在まで多彩な評論活動を展開している。この間、1983年に『世界が日本を見倣う日』(東洋経済新報社)で第3回石橋湛山賞を受賞するなど、政治・経済・国際情勢についての先見性にあふれる的確な分析を提示、日本経済の動きを世界的、歴史的な視点を含めて独創的に捉え続けている。『長谷川慶太郎の大局を読む』シリーズ(李白社)、『中国崩壊前夜 北朝鮮は韓国に統合される』(東洋経済新報社)、『大破局の「反日」アジア、大繁栄の「親日」アジア そして日本経済が世界を制する』(PHP研究所)など著書多数。近著は『大局を読むための世界の近現代史』(SBクリエイティブ)。
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