カルチャー
2015年3月6日
有機野菜はウソをつく
[連載] 有機野菜はウソをつく【1】
文・齋藤訓之
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「有機」認証を得るためには意外にコストがかかる


 また、有機農業への取り組みが長い企業・団体では、日本の有機JASがスタートした後、「有機JAS認証を取引の条件にはせず、引き続き自社基準に沿った栽培を条件にした契約栽培品の取り扱いを行っています」(大地を守る会生産部生産課農産チームの佐々木克哉さん)というところもあります。

 彼らは、有機JAS規格では自分たちが目指す理想の生産は実現できないと考えているのです。だから、表示としての「有機」よりも、実としての「有機」を取り、あえて自主基準を堅持している。

 これは進行中のプロジェクトのことなので名前は伏せますが、ある百貨店が持続可能な農業を推進するNPOが取り組んでいる農産物を取り扱うに当たって、当初有機認証を取るように考えていたところ、話し合いの結果それを見送ったという話を先日聞きました。どうしてそうしたのですかと尋ねると、認証団体に支払う入会金、年会費、個別の認証申請料金、実地検査費(旅費と日当)、報告書作成料で数十万円かかり(海外出張だとさらに高額)、しかも商品の売上げに対して0.1~0.5%といった運営協力費(マークの使用料)が必要なことがわかり、それを価格に転嫁することは顧客の利益にならないと考えたから、ということでした。

 お客さんに優位性を伝えるのには、有機認証取得のためにコストをかけるよりも、その取り組みの全体を顧客に丁寧に伝えることに力を入れたいとも言います。

「有機農産物」にこだわることをやめたらもっと自由に選べるはず


 とは言え、商業というのはお客さんから求められるものをきちんとそろえて渡すことが第一義ですから、今現在「有機野菜が欲しい」というお客さんがいるのに、それを急になくすわけにもいきません。ですから、「品ぞろえ(顧客の選択)の一つとして重視している」(東急百貨店食品統括部の高橋光則さん)という判断が大切なことも、もちろんわかります。

 一方、そのようにニーズに応えながら、もしもお客さんの願いがお客さん自身に不利益を与えていることがあれば、時間をかけてでも、より優良でしかもコストを抑えられる商品へ誘導していくという活動も、商業の役割です。今はその過渡期にあると言えるでしょう。

 そこで、今一人でも多くの消費者が「有機農産物であること」にこだわるのをやめたなら、まずその人が、おいしく、健康によく、安全で、環境によい農産物をもっと自由に選べるようになりますし、多くの生産者、食品メーカー、流通業、小売業、外食業が気付いている今日の農業が抱いているもっと大きな可能性を、屈託なく花開かせることにエネルギーを与えることができるはずです。

 そのような新しい食と農業の世界が1日でも早く訪れることを祈ります。

(了)





有機野菜はウソをつく
齋藤訓之 著



齋藤訓之(さいとうさとし)
1964年北海道生まれ。中央大学文学部卒業。市場調査会社勤務、「月刊食堂」(柴田書店)編集者、「日経レストラン」(日経BP社)記者、日経BPコンサルティング「ブランド・ジャパン」プロジェクト責任者、「農業経営者」(農業技術通信社)取締役副編集長兼出版部長を経て独立。2010年株式会社香雪社を設立。農業・食品・外食にたずさわるプロ向けのWebサイト「Food Watch Japan」( http://www.foodwatch.jp/ )編集長。公益財団法人流通経済研究所客員研究員。亜細亜大学経営学部非常勤講師。昭和女子大学現代ビジネス研究所研究員。著書に『農業成功マニュアル「農家になる!」夢を現実に』(翔泳社)、『食品業界のしくみ』(ナツメ社)、共著に『創発する営業』(上原征彦編、丸善出版)ほか。
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