ビジネス
2015年4月27日
隆盛を誇る自動車産業が、過去何度も見聞きしてきた日本企業敗北のストーリーに陥る!?
[連載] 日本のものづくりはMRJでよみがえる!【3】
文・杉山勝彦
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マスマーケットを相手に戦う日本企業が陥りがちな罠


 他方、現在、新興国の自動車市場が急速に拡大しており、その需要の取り込みが各メーカーにとって至上命令になっている。しかし、そうしたボリュームゾーンを獲得するためには、安価な自動車を薄利多売せざるをえず、コストの高さが大きな障壁になり、不利な展開を強いられることになる。そこで、この低価格市場でクリーンディーゼル車や次世代自動車の技術をウリに勝負しようとするなら、コストダウンを実現するためのソフトウェアを含めた別次元の新たな製品技術が必要になってくる。

 これは一朝一夕でできる話ではない。本の中では別に詳しく述べているが、日本はソフトウェア分野において完全に周回遅れの状況になっており、これから人材育成を進めたとしても効果が出てくるのは10年後、20年後ということになるからだ。

 ボリュームゾーン、つまり巨大なマスマーケットを相手に戦っている企業がいつの間にか「自社の品質の高さ」を誇らしく主張し始めたら、その企業は衰退が始まったと考えてよい。低価格のマスマーケットに見合った製品とコストダウン技術の開発をあきらめ、既存の成功体験の技術の高さに救いを求める。過去何度も見聞きしてきた日本企業敗北のストーリーである。

材料と職人技にカギがある


 筆者が日本の強みだと考えている製造技術には、大きく分けて2つの方向性がある。

 1つは、材料。もう1つは、職人技だ。

 現在、材料工学の分野では、従来になかった特性を持つ材料が次々と開発され、新しい用途を生み出している。その筆頭が、炭素繊維を使った新素材、いわゆる「炭素複合材」(CFRP:Carbon-Fiber Reinforced Plastic)だ。軽量でありながら、比強度が高いCFRPは、ゴルフクラブや釣り具など身近な製品にも使われるようになっているが、産業規模として大きいのは航空機、鉄道、自動車といった輸送部門である。

 輸送部門では機体を軽量にすることが燃費性能に直結するため、CFRPの採用が急速に進んでいる。

 CFRPに代表される材料分野は、日本人的な仕事の進め方に合致しているように思われる。正直なところ、研究室レベルで材料を発明することについては欧米の大学や企業の方が長けているかもしれない。だが、材料を試作するのと、それを産業用に大量生産するのはまったく別の話だ。高品質な製品を大量生産する仕組みを整え、ほとんど不良品を出さない。0を1にすることは苦手でも、1を10や100にすることが得意なのが、日本ならではの製造技術なのである。

 半導体分野での量産ノウハウは製造機械を介して、新興国に流出していったが、材料分野の量産ノウハウはブラックボックス化されていて流出しづらいという利点がある。

 もう一方の職人技だが、こちらは材料とは180度逆方向の製造技術だ。職人達がハンマーで金属板を叩いて形を整え、複雑な曲面を持った新幹線の先頭部分を造っていく様子をご覧になった人もいるのではないだろうか。大量生産とは真逆の手作りは、生産個数が少なく、かつ高価格な製品であれば十分な強みとなり得る。また、近年のデジタル化技術の進歩は、職人技をグローバルに広げることも可能にしつつある。

 グローバル化時代において、日本メーカーの製品は不必要にオーバースペックだといわれることが多い。それは、高品質な製品を造ることができるにもかかわらず、その付加価値を正当に評価されない市場へ売り込もうとしているがゆえに起こっているのではないだろうか。

(了)





日本のものづくりはMRJでよみがえる!
杉山勝彦 著



杉山勝彦(すぎやまかつひこ)
東京都生まれ。企業信用調査、市場調査を経験した後、証券アナリストに転身。以降ハイテクアナリストとして外資系、国内系証券会社を経験し、ほぼ製造業全般をカバー。この間、96年に株式会社武蔵情報開発を設立して中小企業支援の道に入り、長野県テクノ財団主宰の金属加工技術研究会の座長を務める。現在は証券アナリストとして取材、講演活動に従事する傍ら、80年代前半のNY駐在時代に嫌というほど飛行機に乗った経験から研究を始めた航空機産業に対する知識を生かし、中小企業支援NPO法人「大田ビジネス創造協議会(OBK)」をベースに、航空機部品を製造する中小企業の育成に取り組んでいる。
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