カルチャー
2015年5月11日
【戦う名城】強さと美しさを兼ね備えた軍事要塞・姫路城の秘密
[連載] 戦う名城【1】
文・萩原さちこ
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5年ぶりにヴェールを脱いだ純白の大天守


真っ白な天守に生まれ変わった姫路城

 2015年3月27日、世界遺産・姫路城がリニューアルオープンした。2009年から5年半かけて行われた姫路城大天守保存修理工事が終了。素屋根に覆われていた大天守がヴェールを脱ぎ、その姿を現したのだ。

 姫路城の大天守は、別名・白鷺城をもじり"白すぎ城"と揶揄されるほど真っ白な天守に生まれ変わった。修復工事により、風雨にさらされ黒ずんだ壁の漆喰が全面的に塗り直されたからだ。また、傷んだ屋根瓦もすべて葺き替えられた。

 新しくなった純白の大天守は、雪に覆われた山のように凛々しく、白無垢をまとった花嫁のように上品で繊細。とりわけ太陽の光を受けたときのまばゆさは格別だ。

 壁面のみならず屋根までも白く輝くのは、屋根目地漆喰と呼ばれる技法のせい。瓦の隙間を埋めるように漆喰を塗り籠めることで、風雨や揺れに対する強度が高まり、仕上がりの美しさも格段に上がる。専門職人が生み出した一糸乱れぬ漆喰の幾何学模様が、いぶし銀の屋根を豪華に彩っている。

日本初の世界文化遺産たる理由とは?


8棟の国宝で構成される天守群

 さて、その外観の美だけでも足を運ぶ価値のある姫路城だが、もちろん世界遺産たる理由は美観だけではない。

 姫路城は1993年12月、奈良の法隆寺とともに日本で初めてユネスコの世界文化遺産に登録された。その選定理由は、日本の木造建築で世界的にも稀な最高の美的完成度であること、外観の美しさと防御面の実用性を兼ね備えていることなどだ。そして、17世紀初頭の日本の城郭建築の最盛期につくられた建造物が残存していること。つまり、「築城技術が最高水準に達した時期に築かれた、最高峰の城がほぼ完存している」のである。

 よく見ると、小天守と呼ばれる二重の建造物が3棟、大天守を取り巻いている。3棟の小天守と大天守をカタカナの「ロ」の字のように四隅に置き、それぞれを渡櫓と呼ばれる渡り廊下のような長い建造物がつなぐ連立式という構造だ。大天守だけでなく、この3つの櫓(西小天守・東小天守・乾小天守)と4棟の渡櫓(イ・ロ・ハ・ニの渡櫓)の、計8棟が現存で国宝。これらが絶妙なバランスで重なり合い、360度どこから見ても美しい。見る角度によって、しなやかさを漂わせたり威風堂々と佇んだりと、違う表情を見せてくれる。

 8棟の国宝のほかに、土塀、城門、櫓など74棟の重要文化財があり、計82棟の建造物が現存している。つまりは江戸時代のまま、城の骨格が残っているのだ。観光スポットとなっている内郭と呼ばれる中心部だけでなく、その外側にも城域は広がる。江戸幕府の本城・江戸城(東京都千代田区)と同様に三重の堀が渦巻き状に取り巻く巨大城郭でもあり、中濠沿い、外濠沿いに設けられた門跡も断片的に残っている。そのため、今でも広大な城域をたどることができる。現在の山陽姫路駅前あたりが、外濠南端の飾磨津門跡。大天守の最上階から見渡せば、城の広大さもわかるだろう。

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図説・戦う城の科学
古代山城から近世城郭まで軍事要塞たる城の構造と攻防のすべて
萩原さちこ 著



【著者】萩原さちこ
1976年、東京都生まれ。青山学院大学卒。小学2年生で城に魅せられる。制作会社や広告代理店勤務などを経て、現在はフリーの城郭ライター・編集者。執筆業を中心に、メディア・イベント出演、講演、講座、ガイドのほか、「城フェス」実行委員長もこなす。おもな著書に『わくわく城めぐり』(山と渓谷社)、『戦国大名の城を読む』(SB新書)、『日本100名城めぐりの旅』(学研パブリッシング)、『お城へ行こう!』(岩波ジュニア新書)、『今日から歩ける 超入門 山城へGO!』(共著/学研パブリッシング)、『戦う城の科学』(サイエンス・アイ新書)など。公益財団法人日本城郭協会学術委員会学術委員。

公式サイト http://46meg.jp/