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2015年6月1日
中国が拡大する本当の理由は、生存権拡大の地政学にあった!
[連載] 「逆さ地図」で読み解く世界情勢の本質【5】
文・松本利秋
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シーパワー的発想も持ったランドパワー国家中国


 これまで述べてきたように中国にせよドイツにせよ、大陸国家が逆さまに地図を見るようになった時、必ずと言っていいほど、海洋国家に取り囲まれているから自由に海外進出ができないと考え、既存の海洋国家と対決姿勢を採る。
 そして、海洋に浮かぶ島を領土にして、そこを軍事拠点にして自己の勢力を徐々に拡大していこうとする傾向がある。これは東シナ海や南シナ海の中国の現実の行動を見れば説明するまでもないだろう。

 領土にこだわる中国の、このような行動を理解するために、中国を中心にした地図により、今度は西方と北部を中心に大陸に浮かぶ中国の姿を見てみよう。

 西の端は新疆(しんきょう)ウイグル自治区、東は内モンゴル自治区、ヒマラヤに連なる山岳地帯はチベット自治区となっている。これらの地域はいずれも中華人民共和国が成立した1949年以来併合してきた地である。チベットには豊富な水資源、内モンゴル、ウイグルには石油をはじめ多種多様な地下資源が眠っていることも、中国がこれらの地を自国領土に編入した大きな理由の一つだ。

 だが、これを地政学的に見れば、地政学の祖といわれるフリードリッヒ・ラッツェル(ドイツ‐1844~1904)が唱えた大命題「国家は生きている有機体的な存在であり、必然的により大きな生存権を求めるようになる」とした「レーベンスラウム(国家が自活できる生存圏)拡大論」の定義に沿った、ランドパワー特有の安全保障上の意義が大きいと言えるだろう。

 中国がチベット、内モンゴル、ウイグルの3つの地域を併合した時点では、現在のように経済、国力、人口が巨大化していくことは誰も予想できなかったが、中国共産党政権は本能的に安全保障上の問題として領土拡大を目指していったのである。つまり、人口や経済の拡大によって生存権も拡大させ、安定した国家の運営のための安全保障を、できるだけ国境線を膨張させる形で図っていくという考え方だ。

 同じようにランドパワーの超大国ソ連(現ロシア)も、第二次世界大戦後は中国のように直接の併合はしなかったが、チェコやポーランド、ハンガリーなど東ヨーロッパの国々、さらに西ヨーロッパの東ドイツをも次々と社会主義の影響下に置き、軍隊も駐留させて西側国家との対立線をできるだけ西側に押しやって国家の安全を図った。これもラッツェルの言う「国家の生存圏拡大」理論に当てはまる格好の例証であろう。

 領土拡大を限りなく求めるランドパワー国家が共通して持つ発想からすれば、中国には尖閣もスプラトリー諸島も世界的な共有材とする発想には乏しく、安全保障上の「核心的利益」にほかならない。

 中国は1980年代から始まった開放経済以来、年9%の経済成長を遂げてきた。その結果、今日ではアメリカに次ぐ世界第二位のエネルギー消費国となり、世界第四位の産油国でありながらも、国内生産だけでは需要が賄いきれず、現在は石油輸入国となっている。

 経済発展を続けていくためにも、必要なエネルギーの確保は自国の生存にかかわるもので、そのためのシーレーン確保も同じく最重要課題である。中国が海軍力を増強し、シーパワー的戦略を図ろうとするのはこのエネルギー問題に対処するものだ。

 もともと中国はランドパワー国家だ。従って本能的にはランドパワー的な発想を持ちつつ、現実問題としてシーパワー的な政策を採らざるを得ない。経済発展に伴って領土を拡大していくというランドパワー的な発想が、シーレーン確保という問題と深いところで結び付き、海上においても領土にこだわり、中国そのものが限りなく拡大していかざるを得なくなっている。

 だからアメリカに対して、太平洋をアメリカと二分してその西半分を中国が支配することを持ちかける発想に繋がるのだ。当然だが日本も含めた周辺諸国は、中国の領土・領海の拡大路線に対応せざるを得ず、そのこと自体が今の中国から見れば敵対勢力となるのだ。

 なお、「逆さ地図」で世界情勢を読み解く意義については、5月16日発売の『「逆さ地図」で読み解く世界情勢の本質』(SB新書)で、カラーの「逆さ地図」付きで解説している。ぜひご一読いただきたい。

(了)
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「逆さ地図」で読み解く世界情勢の本質
松本利秋 著



松本利秋(まつもととしあき)
1947年高知県安芸郡生まれ。1971年明治大学政治経済学部政治学科卒業。国士舘大学大学院政治学研究科修士課程修了、政治学修士、国士舘大学政経学部政治学科講師。ジャーナリストとしてアメリカ、アフガニスタン、パキスタン、エジプト、カンボジア、ラオス、北方領土などの紛争地帯を取材。TV、新聞、雑誌のコメンテイター、各種企業、省庁などで講演。著書に『戦争民営化』(祥伝社)、『国際テロファイル』(かや書房)、『「極東危機」の最前線』(廣済堂出版)、『軍事同盟・日米安保条約』(クレスト社)、『熱風アジア戦機の最前線』(司書房)など多数。
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