スキルアップ
2015年6月23日
ポジティブな嫉妬とネガティブな嫉妬は全然違う
[連載] 人と比べない生き方――劣等感を力に変える処方箋【4】
文・和田 秀樹
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嫉妬は競争の原動力


 前々回のエディプス・コンプレックスのところで少し触れましたが、他人と比較する「男根期」の終わりぐらいに、男の子は「お父さんを倒してお母さんを奪い取りたい」という願望を抱くとフロイトは言っています。

 それからお父さんに勝てないのがわかって(フロイトの説では、お父さんにおちんちんを切られるという恐怖から)いったんはあきらめるのですが、「いつかはお父さんみたいに強くなって、お母さんと結婚してやる」と思いながら、性欲を抑圧して、勉強したり体を鍛えたりする「潜伏期」に入るというのです。

 これを見ると、子どもは父親に対して嫉妬をしていることがわかります。「いつかはお父さんみたいに強くなってやる」ということは、「いまはお父さんより強くない」と認めているということです。

 実は嫉妬というのは、自分が負けていると感じたときに生じる感情で、負けているから、「いつか勝ちたい」「いつか見返してやる」という思いが出てくるわけです。こういう嫉妬は「アイツに負けてなるものか」というライバル意識と「自分も頑張ろう」というポジティブなエネルギーに変わっていくことが多いのが特徴です。

 フロイト的なこの嫉妬を精神分析の世界では「ジェラシー」と呼んでいます。「ジェラシー」という単語を日本では「嫉妬」と訳していますが、実は嫉妬にはもう一つ別の概念があって、それと区別しているのです。それが「エンビー」と言われる嫉妬です。

ジェラシー型嫉妬とエンビー型嫉妬


 フロイトの死後、娘のアンナ・フロイトと、メラニー・クラインという二人の女性の精神分析家がライバルになって世界の精神分析界を二分したのですが、そのクラインも嫉妬というものを重視しました。

 クラインは乳幼児の原始的心理を多く研究していることで有名なのですが、その中で、相手がいいものを持っているとイライラしてしまう心理について次のような例を挙げて説明しています。

 すなわち、赤ちゃんは、お乳がたっぷり出る「いいおっぱい」と、吸っても出てこない「悪いおっぱい」があると思っています。そして、お乳をくれない「悪いおっぱい」をいまいましく思って母親のおっぱいを噛んでしまう─そういう原始的な心理が働くとクラインは言っているのです。

 さらにそれより原始的な心理として、「いいおっぱい」であっても、相手が自分にないものを持っているだけで腹を立て、つぶしてやりたくなるという心理が働くとしています。このような嫉妬を「エンビー」、すなわち日本語では「羨望」という言葉で表しているのです。

 たとえば、何かで成功した人がテレビに出ているのを見たときに、「オレもいつかアイツみたいになってやる」「アイツよりももっと稼いでやる」と思うのはジェラシー型の嫉妬で、「あんなヤツつぶれてしまえばいいのに」と、コテンパンに叩きたくなるのがエンビー型の嫉妬です。

 ジェラシー型の嫉妬が、相手に勝とうとして自分を引き上げるほうに向かうのに対して、エンビー型の嫉妬は、相手を引きずり下ろそうとするわけですから、前者はポジティブな嫉妬、後者はネガティブな嫉妬と言えるでしょう。

 誰しも他人と自分を比べて、「自分が負けている」「悔しい」と感じることはあると思います。そういう思いをバネにして自分を引き上げるとしたら嫉妬というのは悪いものではないと言えます。しかし、エンビー型の嫉妬になると、いわゆる足の引っ張り合いのようになってしまい、建設的なものは何も生まれないのです。

 これまでの学校教育の中で、人と比べるということに関して、いけないことのように言われすぎてきたために、嫉妬を背景とした競争についても歪んだ見方をする向きもあるかもしれませんが、嫉妬にはいい嫉妬と悪い嫉妬があるということを知れば、競争心を建設的な方向に持っていくことができるのではないかと私は考えているのです。

 なお、この連載のメインテーマである「比べること」については、6月16日発売の『人と比べない生き方――劣等感を力に変える処方箋』(SB新書)でも、アドラーやコフートの理論を交えながら解説しているので、あわせてご一読いただければ幸いです。

(了)
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人と比べない生き方
劣等感を力に変える処方箋
和田秀樹 著



和田秀樹(わだひでき)
1960年大阪府生まれ。1985年東京大学医学部卒業。東京大学医学部附属病院精神神経科助手、米国カール・メニンガー精神医学学校国際フェローを経て、現在は精神科医。和田秀樹こころと体のクリニック院長。国際医療福祉大学教授(医療福祉学研究科臨床心理学専攻)。一橋大学経済学部非常勤講師(医療経済学)。川崎幸病院精神科顧問。著書に『比べてわかる! フロイトとアドラーの心理学』『自分が自分でいられるコフート心理学入門』(以上、青春出版社)、『自分は自分 人は人』『感情的にならない本』(以上、新講社)など多数。