カルチャー
2015年7月16日
中華人民共和国建設に協力させられた2万の「留用」日本人
[連載] 日本人が知らない「終戦」秘話【1】
文・松本利秋
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今年は終戦から70周年を迎える。太平洋戦争を知っている世代が年々少なくなる一方で、今年は節目の年ということもあり、戦勝国が対日戦勝利を祝う式典等を予定している。また、あの戦争をテーマにした映画やドラマの放映、出版物の刊行なども相次ぎ、我われ日本人にとって例年に増して「終戦」を意識せざるを得ない年となる。この連載では、これまで昭和史の中で「8月15日」という1日で語られがちであった「終戦」について、戦勝国、交戦国などの視座も交えて、その知られざる一面を取り上げていくものである。連載を通して、日本が対外的に今も直面している多くの問題の根源が「終戦」にあるということが理解できるであろう。今回は、終戦後も中国に残留し、中国という新国家建設に協力させられた数多くの日本人がいたことを取り上げる。


終戦後、中国に抑留された日本人技術者たち


海外からの引揚者数 (c)フレッシュ・アップ・スタジオ ※無断転載を禁ず

 1945年8月9日、長崎に原爆が投下された。その日、満州国境に集結していたソ連軍174万人が一斉に国境を侵犯してなだれ込んだ。1946年まで有効な日ソ中立条約の明らかな違反である。

 満州では関東軍が中心になってソ連軍と戦ったが、戦闘が交渉によって終了したのは8月26日で、日本がポツダム宣言受諾を世界に公表した8月15日から11日が経っていた。戦闘終了後、日本軍はポツダム条約に定められた通り、ソ連軍から武装解除を受け、終戦のプロセスは粛々と進んだ。しかし、悲劇が始まったのはこの直後である。

 ポツダム宣言第9項では「日本軍隊は完全な武装解除の後、故郷に帰り、平和な生産と生活の機会を得ることが許される」と謳われて、帰国が保障されていた。にもかかわらず、ソ連軍は武装解除後の日本兵約57万5000名を捕虜として、極寒のシベリアに強制連行し、鉄道建設や住宅建設などの強制労働に駆り立てたのである。

 日本ではこれらのソ連の蛮行を「シベリア抑留」と総称しているが、抑留された日本人はシベリアだけではなく、ヨーロッパ地域を含むソ連全土や、さらには中華人民共和国、北朝鮮、モンゴルに散らばった捕虜収容所に入れられ、労働に従事させられている。

 この後の1947年から、日ソが国交を回復する1956年まで帰国事業が続けられ、厚生労働省の調べでは、47万3000名が帰国を果たしたが、抑留中の死亡者は約5万5000名、病弱のため旧満州や北朝鮮に送り返された者は約4万7000名となっている。

 満州へのソ連軍の侵入はもう一つの悲劇を生んだ。それは当時中国国内にいた家族も含めて2万人にも上る日本人が「留用日本人」として国内に留め置かれたことだ。「留用」とは「一定期間留めて任用する」という意味の中国語だが、これによって中国の国家建設に協力させられた日本人のことは、今ではほとんど忘れ去られている。

 ソ連軍は満州侵攻後、軍の施設や満州鉄道、病院などの重要施設と、その日本人関係者を中国共産党指揮下の八路軍(正式には東北民主連軍、後に中華人民解放軍第四野戦軍)に引き渡した。当時中国国内では共産党軍と国民党軍が内戦中で、アメリカの強力なバック・アップを受けた国民党軍が満州に侵攻。八路軍はその戦闘準備のため、さまざまな職種の日本人を残留させ協力を強制した。

 中国共産党員は日本人家庭を徹底的に調べ上げ、家族構成から職業、学歴までをリストにして、医師と看護婦、工場や鉱山の技師と熟練工、鉄道技術者、科学者、映画人、放送局職員をピックアップ。職場ぐるみや個人指名で留用していったのだから、日本人に逃れる術はなく、直接留用された日本人は1万数千人、家族をも含めると2万人を優に超える人数だった。

 中国側の資料によると、八路軍に属する医療要員は1600人だったが、留用された日本人の医師・看護婦など専門職員は3000人、このほかに補助要員が2000人いたという。

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日本人だけが知らない「終戦」の真実
松本利秋 著



松本利秋(まつもととしあき)
1947年高知県安芸郡生まれ。1971年明治大学政治経済学部政治学科卒業。国士舘大学大学院政治学研究科修士課程修了、政治学修士、国士舘大学政経学部政治学科講師。ジャーナリストとしてアメリカ、アフガニスタン、パキスタン、エジプト、カンボジア、ラオス、北方領土などの紛争地帯を取材。TV、新聞、雑誌のコメンテイター、各種企業、省庁などで講演。著書に『戦争民営化』(祥伝社)、『国際テロファイル』(かや書房)、『「極東危機」の最前線』(廣済堂出版)、『軍事同盟・日米安保条約』(クレスト社)、『熱風アジア戦機の最前線』(司書房)、『「逆さ地図」で読み解く世界情勢の本質』(小社刊)など多数。