カルチャー
2015年8月13日
新幹線はいかにしてカタチとなるのか――新幹線デザインのキーワード 風・音・光+時
[連載] 新幹線をデザインする仕事【1】
文・福田 哲夫
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見えない要素を可視化する作業


N700系イメージスケッチ(C)福田哲夫  ※無断転載を禁ず

 1964年10月、東京オリンピックの開催に合わせるように東海道新幹線は開業した。当時の時刻表によれば、一番電車「ひかり1号」は東京駅を朝6:00に出発、新大阪駅10:00着で全行程4時間とある。まだ1日に30往復しか走っておらず、本数は現在の十数分の一以下のダイヤであった。

 あれから50年、最速の「のぞみ1号」は同じ東京駅と新大阪駅の間を1時間半以上も短縮し、今では2時間半を切っている。この間の速度向上の歴史の裏には、数多くの先人エンジニアたちの努力と、目に見えない智慧と工夫がいっぱいに詰まっている。

 東海道新幹線の場合、ビジネスでの利用を中心として、年間を通じ乗客数の変動が少なく、いつも満席に近い状況が続いている。このような路線には、ひとりでも多くの乗客が着座できることを基本要件として、いかに快適な移動空間を提供できるのかという複合的なサービス設計が求められ、ほかの路線とは大きく異なるところでもある。デザインチームによる提案は、一貫して風・音・光に加え、移動の"時"を加えた四つのキーワードをデザインの要として、感性領域からの提案を続けている。

 これらのキーワードはいずれも目に見えない実体の捉えにくいモノたちであるが、デザインの力は、これらの要素を可視化する作業といえるかもしれない。

 たとえば風は、葉の揺れや雲の流れから見えてくる。音は振動の様子に置き換えられた波形のほかに、音符として図示されて語ることもできる。光は場の雰囲気を変えることができる。また、モノの陰影は存在を際立たせたり馴染ませたりするなど空間演出の要としても確認することができる。時については、太陽の位置、風化や熟成というカタチや色彩など、素材の風合いによって変化していく様子からも知ることができる。

半世紀にわたり進化し続ける、多様な新幹線網


 速達性を特長とする新幹線網は、地理的な路線状況により仕様が異なる。設計要件の違いは、急な勾配やカーブ、あるいはトンネルが多いという路線の敷設状況からもたらされるが、最適化されたカタチもまた路線ごとに変わってくることになる。

 速度向上と快適性との関係でいえば、車体の傾斜機構の採用がある。曲線を通過してもだれも気がつかないほどの乗り心地のよさは、風・音・光に時を加えたアプローチからも、安全性や速達性とともに、快適性には欠かせない仕様となっている。

 開業から50年の節目の年、本州と北海道の間の線路が締結された。2017年には函館、2030年頃には札幌へと延伸が計画されている。北の大地から九州を結ぶ大動脈、新幹線の"多様でスケールの大きな旅"の実現が目前にまで迫っている。100周年までには円滑でダイナミックな直通運転など、サービスの展開に夢は膨らむばかり...。

 移動の未来は"流れ"を考えること。
 デザインを手がけるわたしたちも気が抜けない。

※本記事の内容については、拙著『新幹線をデザインする仕事――スケッチで語る仕事の流儀』(SBクリエイティブ刊)でもふれている。あわせてご一読いただければ幸いである。

(了)





新幹線をデザインする仕事
「スケッチ」で語る仕事の流儀
福田哲夫 著



【著者】福田哲夫(ふくだ・てつお)
インダストリアルデザイナー。1949年東京に生まれる。日産自動車のデザイナーを出発点として、独立後は公共交通機関や産業用機器を中心に、指輪から新幹線まで幅広い分野のデザインプロジェクトに携わる。特に新幹線車両では、トランスポーテーション機構(TDO)として300系、700系、N700系「のぞみ」をはじめ、400系「つばさ」、E2系「あさま」、E1系、E4系「MAX」の他数々の先行開発プロジェクトにも携わってきた。ビジネスやリゾート向けの特急車両、寝台車など鉄道車両の開発プロジェクトを評価され受賞多数。現在は産業技術大学院大学特任教授・名誉教授、京都精華大学客員教授、女子美術大学特別招聘講師ほか。(公財)日本デザイン振興会グッドデザイン・フェロー。共著に『プロダクトデザイン』日本インダストリアルデザイナー協会(JIDA)編(ワークスコーポレーション)。次世代を担う子どもたちへ"ものづくりの楽しさ"を伝えるワークショップ活動を通じて、未来への夢を一緒に描き語りかけている。
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