カルチャー
2015年9月24日
ドイツ、教会離れの原因は「教会税」にあり
[連載] 宗教消滅─資本主義は宗教と心中する─【4】
文・島田裕巳
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「教会税」はどのように生まれたか?


 ドイツでは、18世紀の終わりに、ナポレオンに攻められるまで、「国教会」の制度があり、国家と教会とはわかちがたく結びついていた。
 国教会の制度のもとで、国家による教会への財政的な援助が行われた。ところが、「教会財産の世俗化」という事態が起こり、援助が打ち切られる。教会は、それまで蓄積していた財産と、国家による賠償だけでやりくりしなければならなくなったのだ。

 これはちょうど、明治維新の際に、日本の仏教寺院が遭遇した事態と同じである。それまで、寺院は寄進された土地から上がる収入で維持されていたのだが、「上知令」によってそうした土地の大半を国家に奪われた。
 そうなると当然、寺院は財政的な危機に陥り、荒廃したところも少なくない。ドイツでも状況は同じだ。ただ、日本の寺院には財政面での援助の手が差し伸べられなかったのに対して、ドイツでは、教会税を設けることで教会への支援がはかられたのである。
 ただ、教会税は国家によって徴集されるわけで、その点では、教会が国家によって管理される側面が出てきたことを意味する。少なくとも、ドイツの国家は、どれだけの金額の教会税が教会に入ったのか、正確に掌握できるようになったのである。

 日本では、戦後の憲法によって「政教分離」ということが徹底され、政治と宗教、あるいは政府と教会(寺院、神社など)が強く結びつくことがないようになっている。
 日本人は、そうした環境に慣れていることもあり、欧米でも同じように政教分離が徹底されているのだろうと考えているのかもしれない。実際、フランスの場合には、「ライシテ」という形で、徹底した政教分離がはかられている。

 ところが、ヨーロッパではフランスが例外なのであって、ほかの国々では、むしろ政府と教会は強い結びつきをもっているのである。
 たとえば、イギリスには教会税の制度はないものの、2011年の国勢調査によれば、74.7パーセントがキリスト教徒で、そのうち6割強が英国国教会に属しているという結果が出ている。その英国国教会のトップにあるのが、エリザベス女王だ。イギリスでは王が国教会の首長を兼ねるという伝統が形成されている。ここにも、国家と宗教との強い結びつきを見ることができる。

結婚を機に教会を離れるドイツ人


 北欧のスウェーデンでは、国家と教会との結びつきは相当に強いものがある。驚くべきことに第二次大戦後になるまで、信教の自由は認められていなかった。

 スウェーデンは、もともとはカトリックの国だが、宗教改革を経て、プロテスタントが支配的になり、ルター派による国教会の制度が確立された。1726年には、国教会以外の宗教組織を結成することが禁止され、ユダヤ人などの外国人に信教の自由が認められたのも18世紀の後半になってからである。
 スウェーデンという国に生まれた者は自動的に国教会に所属し、教会税を支払わなければならなかった。無条件で教会を離脱できるようになったのは、なんと1951年のことである。
 なお、スウェーデンでは、生まれた時に、どこに埋葬されるかが決まっており、教会から離れて教会税を支払わなくなっても、その代わりに「埋葬税」が課せられる。これは、まるで江戸時代の「寺請制」が現代まで生き延びたようなものである。

 ドイツの場合、ヨーロッパのなかで賃金に対する税金の割合がもっとも高い国の一つであると言われている。消費税も、今日本で議論になっている軽減税率はあるものの19パーセントにも達する(食品や書籍などは7パーセント)。
 こうなると、働いて収入を得ても多くの額を税金としてとられてしまうので、教会税など支払いたくはないという気持ちが起こる。そのため、若い人を中心に、教会税を避けるために教会を離れるドイツ人が急増しているわけである。

 ドイツでは、住民票に宗教について記入する欄があり、そこにキリスト教と記入すれば、自動的に教会税を徴集されることになる。
 ただ、教会税を支払っていなければ、教会で儀式に預かることはできないわけで、結婚式を教会で挙げることはできなくなる。しかし、結婚自体は可能なわけで、結婚式なら役所で挙げることもできる。教会での結婚式を希望する人間でも、結婚するまでは教会税を支払い、結婚するとさっさと教会を離脱して、教会税を支払わなくなる人間たちもいるという。

 こうした事態は、当然、教会税が存在するドイツ以外の国々でも起こっていることであり、オーストリアのカトリック教会では、2007年には2006年と比較すると18パーセントも信徒数が減少した。

 また、スイスでは2007年にスイス牧会社会学研究所が、1970年以降、スイスの10大都市のカトリック教会の信者数が30パーセント減少したことを明らかにした。ただ、スイス全体では1.6パーセントの減少にとどまったという。

 プロテスタントについては、同じ時期にスイス全体で17パーセント減少したとされる。もっともこれは、カトリックのバチカン放送が発表した数字である。
 もっとも減少が激しいのがバーゼル市で、1976年から2005年の30年間で、カトリック、プロテスタントとも62パーセントの信者を失ったという。半分以下に減ったわけである。

ネット上で売却される「教会」


 この傾向に歯止めがかかる気配は、いっこうに見えていない。むしろ、年を追うごとに、各国において教会を離脱する人間の数は増えている。このままいけば、どの国でもキリスト教の教会は深刻な危機に遭遇する可能性が高い。

 教会の側からすれば、恐ろしい事態が進行していることになる。信者が教会から離れていけば、教会の運営は成り立たない。フランスについて見た「空っぽの教会」が増えていくわけである。
 そうなると、教会は売却されることになる。こうした事態が、今、ヨーロッパではあちこちに起こっている。

 売却先としては、一つ、住宅に転用されるものがある。ネット上には、そうした物件を紹介するサイトが存在している。たしかに教会なら立派な住宅になる。日本の新聞でも報道されたが、教会の建物は天井が高いために、サーカスの練習場として格好の空間である。そこで、サーカスに売却されるものもある。

 しかし、もっとも多いケースは、イスラム教の「モスク」に転用されるケースだ。
 祈りのために人々が集うという点では、キリスト教の教会もモスクも共通する。モスクになら、いわば「居抜き」で売却できるわけで、売る側も、世俗的な目的使われるよりも、祈りの場として使われる方がいいと歓迎するらしい。ヨーロッパ各国では、今、モスクに転用される教会が増加しているのである。

(続)





宗教消滅
資本主義は宗教と心中する
島田 裕巳 著



【著者】島田 裕巳(しまだ ひろみ)
現在は作家、宗教学者、東京女子大学非常勤講師、NPO法人葬送の自由をすすめる会会長。学生時代に宗教学者の柳川啓一に師事し、とくに通過儀礼(イニシエーション)の観点から宗教現象を分析することに関心をもつ。大学在学中にヤマギシ会の運動に参加し、大学院に進学した後も、緑のふるさと運動にかかわる。大学院では、コミューン運動の研究を行い、医療と宗教との関係についても関心をもつ。日本女子大学では宗教学を教える。 1953年東京生まれ。東京大学文学部宗教学宗教史学専修課程卒業、東京大学大学院人文科学研究課博士課程修了。放送教育開発センター助教授、日本女子大学教授、東京大学先端科学技術研究センター特任研究員を歴任。主な著書に、『創価学会』(新潮新書)、『日本の10大新宗教』、『葬式は、要らない』、『浄土真宗はなぜ日本でいちばん多いのか』(幻冬舎新書)などがある。とくに、『葬式は、要らない』は30万部のベストセラーになる。生まれ順による相性について解説した『相性が悪い!』(新潮新書)や『プア充』(早川書房)、『0葬』(集英社)などは、大きな話題になるとともに、タイトルがそのまま流行語になった。
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