カルチャー
2015年10月22日
ローマ法王、アメリカ訪問は何を意味するか ―アメリカ・南米、カトリックの危機
[連載] 宗教消滅─資本主義は宗教と心中する─【8】
文・島田裕巳
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人口増を支えるヒスパニックの宗教


 2010年までの10年間でも、人口は3000万人増加しているが、その半分がヒスパニックである。2010年に、アメリカには5000万人を越えるヒスパニックが生活しており、全人口の16・3パーセントを占めている。これはアフリカ系よりも多い。

 ヒスパニックの3分の2がメキシコ出身である。そのメキシコからの移民が多いカリフォルニア州では、18歳以下の子どものうち、51パーセントがヒスパニック系になっている。2060年には、ヒスパニック系がアメリカ全体の31パーセントを占めるのではないかという推計もある。

 ヒスパニック系の場合、カトリックの信仰が強い。アメリカに多くの移民を送り出しているメキシコでは、2010年の時点で、カトリックが82・7パーセントを占め、プロテスタントはわずか1・6パーセントである。
 ということは、ヒスパニックの人口が増えるということは、カトリックの信徒の割合が増えるということを意味するはずである。

 ところが、アメリカのなかでカトリック信徒の割合は決して増えていない。
 人口が増加しているので、信徒数自体は増えているものの、割合はそれほど増えていないのだ。
 なぜなのか。
 それについては、『ニューズウィーク日本版』で、河東哲夫が書いている。それは、10月2日付の「あの習近平もかすんだローマ法王訪米の政治力」という記事のなかにおいてだが、河東は、「近年カトリックはヒスパニック系移民の大量流入にもかかわらず、米総人口の中での比重を下げた。しかもヒスパニック系の間でさえ若年層を中心に福音派教会に宗派替えする例が増え、信者の老齢化を招いている」と指摘している。

南米でも危機的なカトリック


「プロテスタントの福音派教会」とは、経済発展とともに勢力を拡大した日本の新宗教にあたるような存在である。
 ヒスパニック系の場合、メキシコをはじめとする中南米の国々で生活しているあいだは、伝統的なカトリックを信仰している。
 ところが、アメリカにやってくると、状況は大きく違う。
 カトリックは多数派ではない。ヒスパニック自身が、アメリカ社会では民族的に少数派であるため、結束しなければならない。そのとき、奇跡信仰や病気治療を宣伝して信仰心を煽る福音派に対する信仰が高まっていくのである。

 河東は、そうした事態を踏まえ、ローマ法王のアメリカ訪問には、アメリカにおけるカトリック教会のてこ入れの意味があると分析している。
 法王に対する人気が高まっている現在の状況のなかで、直接法王がアメリカを訪れることは絶大な効果を発揮する。なにしろ、アルゼンチン出身のフランシスコは、ヒスパニックが使うスペイン語を母国語としているのである。
 フランシスコが法王に選出されたとき、はじめての南米出身ということに意味があると言われた。中南米は、カトリックの牙城である。ところが、その中南米においては、アメリカに移民したヒスパニックがそうであるように、カトリックの信仰を捨ててプロテスタントの福音派に転じる人間がかなり増えており、牙城も危機の様相を呈しているのである。
 それを反映して、就任直後のフランシスコは、まず南米のなかでもとくにカトリックの勢力が強いブラジルを訪問した。2013年7月22日から29日までのことである。世界中のどこよりも、ブラジルが新法王の最初の訪問地となったことは、いかにカトリック教会がブラジルを重視しているかを示している。

 新法王のブラジル訪問の主たる目的は、ワールド・ユース・デーに参加することにあった。これは、1984年に当時のローマ法王、ヨハネ・パウロ2世が提唱してはじまったもので、2年から3年おきに開かれている。
 ブラジルで開かれたのははじめてで、中南米でも最初の大会になった。会場となったのは、有名なコパカバーナ海岸で、期間中、300万人の信者が集まったと言われる。
 新法王はブラジルでも大歓迎を受けたことになり、訪問は大成功であったということになるが、ブラジルにおけるカトリックの状況はかなり苦しい。
 なにしろ、1980年に、ブラジルではカトリックの信者の割合が90パーセントを越えていたものの、プロテスタントの福音派に改宗する人間が多く、現在は60パーセントに低下しているからだ。
 ブラジルは、BRICsの一角を占めており、経済発展が著しい。それは、福音派を増やす格好の条件になっている。やはりカトリックは危機的な状況にある。

(続)





宗教消滅
資本主義は宗教と心中する
島田 裕巳 著



【著者】島田 裕巳(しまだ ひろみ)
現在は作家、宗教学者、東京女子大学非常勤講師、NPO法人葬送の自由をすすめる会会長。学生時代に宗教学者の柳川啓一に師事し、とくに通過儀礼(イニシエーション)の観点から宗教現象を分析することに関心をもつ。大学在学中にヤマギシ会の運動に参加し、大学院に進学した後も、緑のふるさと運動にかかわる。大学院では、コミューン運動の研究を行い、医療と宗教との関係についても関心をもつ。日本女子大学では宗教学を教える。 1953年東京生まれ。東京大学文学部宗教学宗教史学専修課程卒業、東京大学大学院人文科学研究課博士課程修了。放送教育開発センター助教授、日本女子大学教授、東京大学先端科学技術研究センター特任研究員を歴任。主な著書に、『創価学会』(新潮新書)、『日本の10大新宗教』、『葬式は、要らない』、『浄土真宗はなぜ日本でいちばん多いのか』(幻冬舎新書)などがある。とくに、『葬式は、要らない』は30万部のベストセラーになる。生まれ順による相性について解説した『相性が悪い!』(新潮新書)や『プア充』(早川書房)、『0葬』(集英社)などは、大きな話題になるとともに、タイトルがそのまま流行語になった。
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