カルチャー
2015年10月29日
世界の宗教は「世俗化」に向かっている【第二部】
[連載] 宗教消滅─資本主義は宗教と心中する─【9】
文・島田裕巳
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西欧が恐れる「イスラム化」


 そして、ヨーロッパにおいては、キリスト教の著しい退潮が進む中で、イスラム諸国からの移民が増え、イスラム教が勢力を拡大している。すでに、西ヨーロッパ各国のイスラム教徒の割合はおしなべて5パーセントのレベルに達しており、これは、15年後には10パーセントに達すると見込まれている。

 人口の一割と言うと、それほど多くはないと思われるかもしれないが、移民が住んでいる地域には偏りがあり、場所によっては、すでにイスラム教徒がキリスト教徒を凌駕して多数派になりつつあるところもある。このまま進めば、動きは加速するかもしれない。最近における、シリアなどからの難民の殺到という事態は、この点でも大きな意味をもつ可能性がある。

 ヨーロッパで産業革命が起こり、社会の近代化が推し進められるようになった時代には、科学や技術の進歩が続けば、合理性をもたない宗教は、早晩その力を失っていくであろうと見込まれた。世俗化という事態は、そうした予測が間違っていなかったことを証明しているかのようにも見えるが、プロテスタントの福音派の台頭や移民の増大によるイスラム化といったことは、かつては想定されてはいなかった。
 ただ、これからを考えると、現在の事態がそのまま同じように続いていくかと言えば、必ずしもそうではないだろう。

すべての宗教は「世俗化」する


 最初に述べたセオリー(「経済の急速な発展は、格差の拡大などのひずみを生む。そのひずみが、新しい宗教を発展させる。そして、急拡大した宗教は、政治的な力を獲得する方向にむかう」)に従って考えるならば、日本の戦後社会で起こったのと同じことが、他の国々でもくり返される可能性がある。

★連載第2回「宗教と政治経済の関係を説明する一つのセオリー」参照
http://online.sbcr.jp/2015/09/004110.html

 つまり、福音派の台頭にしても、イスラム教の勢力拡大にしても、どこかでその伸びや原点回帰の方向性が変わり、運動として退潮するとともに、世俗化の様相を呈していくのではないかと考えられるのである。
 実際、すでに述べたように、戦後急速にキリスト教が拡大した韓国では、その伸びは止まりつつある。国民の半数以上がキリスト教に改宗する見込みはないし、40パーセントを越えることも難しいであろう。
 イスラム教の場合、移民によってヨーロッパに移り住み、そこでヨーロッパ社会に受け入れられないことで、イスラム教に回帰し、宗教の力によって結束をはかろうとしてきたわけである。だが、イスラム教のコミュニティーが拡大し、それが移民先の社会において一大勢力として影響力を拡大していくならば、より豊かな生活を求めて、世俗化への道を歩んでいくことが考えられる。

 その先駆となっているのが、イスラム革命が起こり、イスラム教復興の上で重要な役割を果たしてきたイランの場合である。
 イランでは、イスラム革命によって、イスラム教の法学者であったアーヤトッラー・ルーホッラー・ホメイニーが最高指導者となり、彼の主張する「法学者の統治論」をもとに、イランのイスラム化を推し進めた。
 しかし、そのイスラム革命から35年の歳月が過ぎ、イランは経済発展をとげてきた。この10年間で、国民1人当たりのGDPは3倍に伸びたと言われる。

 そうなると、国民の生活は豊かなものになり、中間層が増大する。街には高層ビルが建ち、若者たちは欧米流のファッションを身にまとっている。SNSの利用は政府によって制限されているが、多くの人間がそれをかいくぐり、積極的に活用している。それにつれて、革命への関心はなくなり、革命以前のように、イランは世俗国家の道を歩むようになってきているのである(『エコノミスト(UK)』誌が伝えている)。






宗教消滅
資本主義は宗教と心中する
島田 裕巳 著



【著者】島田 裕巳(しまだ ひろみ)
現在は作家、宗教学者、東京女子大学非常勤講師、NPO法人葬送の自由をすすめる会会長。学生時代に宗教学者の柳川啓一に師事し、とくに通過儀礼(イニシエーション)の観点から宗教現象を分析することに関心をもつ。大学在学中にヤマギシ会の運動に参加し、大学院に進学した後も、緑のふるさと運動にかかわる。大学院では、コミューン運動の研究を行い、医療と宗教との関係についても関心をもつ。日本女子大学では宗教学を教える。 1953年東京生まれ。東京大学文学部宗教学宗教史学専修課程卒業、東京大学大学院人文科学研究課博士課程修了。放送教育開発センター助教授、日本女子大学教授、東京大学先端科学技術研究センター特任研究員を歴任。主な著書に、『創価学会』(新潮新書)、『日本の10大新宗教』、『葬式は、要らない』、『浄土真宗はなぜ日本でいちばん多いのか』(幻冬舎新書)などがある。とくに、『葬式は、要らない』は30万部のベストセラーになる。生まれ順による相性について解説した『相性が悪い!』(新潮新書)や『プア充』(早川書房)、『0葬』(集英社)などは、大きな話題になるとともに、タイトルがそのまま流行語になった。
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