カルチャー
2015年11月19日
市場の拡大は「共同体」を消滅させる
[連載] 宗教消滅─資本主義は宗教と心中する─【12】
文・島田裕巳
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世界中で同時多的に進行する「宗教」の消滅。人類社会からの宗教の消滅を予言する本連載。今回は、資本主義経済がいかに世界を支配してきたか、その思想的な背景と、さらに現代において資本主義が与える負の影響を指摘する。ベストセラー『資本主義の終焉と歴史の危機』を引き合いに、資本主義が宗教を消滅させる構造を暴く。長期連載、12回目。


「神の見えざる手」は正しいのか


「神の見えざる手」という考え方は、「経済学の父」といわれるアダム・スミスにさかのぼるというのが一般的な理解である。市場に任せてさえいれば、自動的に調整機能が働くと考えられてきた。あるいは、そのように主張されてきたと言うべきかもしれない。
 こうした見解は、資本主義の発展に対して、それを正当化する役割を果たした。市場に調整機能がある以上、規制は必要ではないというわけである。

 ところが、マルクスが指摘するように、資本は蓄積していくことを自己目的化するわけで、その過程で人間を振り回していく。マルクスの指摘は、市場に調整機能があるという見解が実はまやかしであることを示したものである。

 したがって、神の見えざる手に頼っている限り、マルクスが予言したように、資本主義は終焉を迎え、それに代わって社会主義や共産主義の社会が到来するはずだった。
 この予言は、1917年のロシアにおける革命や、29年の世界恐慌によって的中したように見えた。とくに世界恐慌は、資本主義の危険性を露呈し、決して神の見えざる手が働いていないことを教えた。その後、アメリカのニューディール政策に見られるように、政府が市場経済に積極的に介入していく方向に転じていくのも、市場にすべてを委ねることがいかに危険かが認識されたからである。

「合理的期待形成仮説」とは何か?


 しかし、神の見えざる手を強調するような動きは絶えなかった。
 ニューディール政策の背景には、ジョン・メイナード・ケインズの経済学の理論があったわけだが、第2次世界大戦後、先進国における驚異的な経済発展が続いていくなかで、ケインズ経済学を厳しく批判する「反ケインズ経済学」が台頭する。

 その代表が、1970年代に、アメリカの経済学者であるロバート・ルーカスやトーマス・サージェントなどによって唱えられた「合理的期待形成仮説」である。これについて、宇沢弘文は、「市場機構の果たす役割に対する宗教的帰依感をもつもの」(前掲『経済学の考え方』)だと指摘しており、まさに神の見えざる手というとらえ方の延長に位置するものであった。

 合理的期待形成仮説では、まず将来にわたって市場の均衡が成立することが前提とされており、その点からして問題になるが、さらに、経済活動を実践することで市場にかかわる人間は、誰もが将来における市場価格がどういった確率分布を示すのかを正確に把握し、それをもとにどういった行動をとることが有利になるかを判断できるものと想定されていた。

 これでは、経済活動の実践者を全知全能の神に近い存在ととらえるようなものだが、この仮説が成り立つならば、政府が経済政策を実施し、市場に介入する必要などまったくなくなる。

 こうした考え方を単純化した形で唱えたのが、やはりアメリカの経済学者のミルトン・フリードマンである。彼が1962年に刊行した『資本主義と自由』(村井章子訳、日経BP社)では、政府の市場への介入は徹底的に批判され、農作物の買取保証価格制度からはじまって、輸入関税・輸出制限、最低賃金・法定金利、社会保障制度、徴兵制、郵便、有料道路などは、政府が行うべきではないと主張されていた。

 これは、「小さい政府」を志向するもので、とくにアメリカでは多くの共鳴者を得てきた考え方だが、実際にアメリカ政府が、こうした主張を全面的に採り入れてきたわけではない。しかし、共和党の大統領候補などは、こうした考え方を主張することによって支持を伸ばしてきたわけで、アメリカ政府の経済政策のなかに一定程度は反映されている。

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宗教消滅
資本主義は宗教と心中する
島田 裕巳 著



【著者】島田 裕巳(しまだ ひろみ)
現在は作家、宗教学者、東京女子大学非常勤講師、NPO法人葬送の自由をすすめる会会長。学生時代に宗教学者の柳川啓一に師事し、とくに通過儀礼(イニシエーション)の観点から宗教現象を分析することに関心をもつ。大学在学中にヤマギシ会の運動に参加し、大学院に進学した後も、緑のふるさと運動にかかわる。大学院では、コミューン運動の研究を行い、医療と宗教との関係についても関心をもつ。日本女子大学では宗教学を教える。 1953年東京生まれ。東京大学文学部宗教学宗教史学専修課程卒業、東京大学大学院人文科学研究課博士課程修了。放送教育開発センター助教授、日本女子大学教授、東京大学先端科学技術研究センター特任研究員を歴任。主な著書に、『創価学会』(新潮新書)、『日本の10大新宗教』、『葬式は、要らない』、『浄土真宗はなぜ日本でいちばん多いのか』(幻冬舎新書)などがある。とくに、『葬式は、要らない』は30万部のベストセラーになる。生まれ順による相性について解説した『相性が悪い!』(新潮新書)や『プア充』(早川書房)、『0葬』(集英社)などは、大きな話題になるとともに、タイトルがそのまま流行語になった。