カルチャー
2015年11月25日
医者がひた隠す、健康な人まで"病人"になるカラクリ
[連載] だから医者は薬を飲まない【5】
文・和田 秀樹
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その病気は本当の病気?――暗示にかかりやすい日本人


 暗示によって、病気になったように思う日本人は少なくありません。製薬会社のコマーシャルもそれに関連するので、少し触れておきましょう。

 2015年1月、製薬協(日本製薬工業協会)は、疾患啓発広告やタイアップ記事で誤解を招くような表現に注意するよう、協会の会員会社に通達を出したと発表しました。

「こういう症状があったら、もしかすると〇〇という病気の可能性があります」
 皆さんも、こんなコマーシャルを見たことがあると思います。

 最近では、認知症や社交不安障害、あるいは神経障害性疼痛や逆流性食道炎などがコマーシャルに登場しましたが、「もしかすると病気かもしれませんよ」と注意を促しているので、厚生労働省や政府のスポットCMだと思った人もいるかもしれません。しかし、実際はコマーシャルの最後に製薬会社の名前が出てくるのです。

 簡単に言うと、「病気かもしれませんよ」と脅すことで病院に足を運ばせ、そこで薬を処方されると製薬会社は儲かるという仕組みになっているわけです。そのために国民の健康を案じているふりをして、自分たちに都合のいいコマーシャルを作っているということになります。

 週刊誌や雑誌などにも疾患啓発の記事が載っていますが、これも同じで、病気かもしれないと不安を煽り、病院に行かせて薬を飲ませようという意図があるわけです。

 製薬協の発表は、そういう不安を煽るやり方が目に余るようになったので、ブレーキをかけたということでしょう。こういうコマーシャルが登場するのは、日本人が暗示に弱い国民であるということを制作サイドが知っているからだと思います。

 たとえば、心的外傷後ストレス障害(PTSD)という病気がありますが、1995年に阪神・淡路大震災と地下鉄サリン事件が立て続けに起こったときに、マスコミがこの病気を大々的に取り上げるようになるまでは、日本でPTSD的な症状が問題にされることは、ほとんどありませんでした。

 大災害のようにトラウマになってもおかしくないような出来事があると、必ずPTSDになると勘違いしている人もいますが、実際にはアメリカの研究では、大地震のような自然災害でもPTSDになる人は5%程度だとされています。つまり、あとの95%はPTSDにならないということです。

 ところが、サリン事件では30%ぐらいの人がPTSDの症状を呈したという報告があったり、東日本大震災でも被災者の10%近くがPTSDだと言われたりしたのです。通常ではあり得ないパーセンテージになっているのです。

 もちろん、それだけ心理的なショックが大きい出来事でもあったわけですが、マスコミが大々的にPTSDの症状を取り上げると、その症状を訴える人の割合が増えてしまうことは、前々から言われていたのです。

 むち打ち症も同じです。交通事故の後、画像診断などでは頸椎などに異常がないのに、さまざまな種類の自覚症状が続くのがむち打ち症です。これもマスコミが大々的に取り上げてから、全国的にむち打ち症の患者が急増したと言われています。

 ちなみに、むち打ち症は日本にしかない病気だと言われていますから、「こういう体験をすると、こういう症状がある」というすりこみや暗示があると、日本人の場合は、特に同じ症状が出やすいのかもしれません。

 そういう目で先ほどの製薬会社のコマーシャルを振り返ると、やはりちょっとした体の不調を病気に関連づけて不安を煽っていることが見えてくるのではないでしょうか。

「自分もコマーシャルに出てくる人と同じ症状だから、病気なのかもしれない」
 そう思って病院に行くとすれば、製薬会社のワナに引っかかっているのかもしれません。「病気かもしれない」→「病気に違いない」というふうに自分で自分に暗示をかけて、わざわざ病気を増やすようなことは、しないほうが賢明でしょう。

(了)





だから医者は薬を飲まない
和田秀樹 著



和田 秀樹(わだ・ひでき)
1960年大阪府生まれ。1985年東京大学医学部卒業。東京大学医学部附属病院精神神経科助手、米国カール・メニンガー精神医学校国際フェローを経て、現在は精神科医。和田秀樹こころと体のクリニック院長。国際医療福祉大学大学院教授(医療福祉学研究科臨床心理学専攻)。一橋大学経済学部非常勤講師(医療経済学)。川崎幸病院精神科顧問。著書に『だから、これまでの健康・医学常識を疑え! 』(ワック)、『医者よ、老人を殺すな!』(KKロングセラーズ)、『老人性うつ』(PHP研究所)、『医学部の大罪』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『東大の大罪』(朝日新聞出版)など多数。
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