カルチャー
2015年11月26日
日本にキリスト教を伝えた「ポルトガル」の経済的窮状
[連載] 宗教消滅─資本主義は宗教と心中する─【13】
文・島田裕巳
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広がる国家間の経済格差


 高度資本主義社会においては、スケールの大きな多国籍企業が次々と生まれ、それが世界経済を動かしていく。しかし、そうした事態は、大企業が存在する国と存在しない国の格差を広げ、後者に含まれる国々は、世界経済の発展から置いてきぼりを食うことになっていくのである。

 これは、ポルトガルの経済危機が深刻化する前の2011年暮れのことだが、ポルトガルの首相が、教師資格をもつ人の失業者が増えているなかで、教師たちに対してポルトガル語の通じるブラジルやアンゴラへの移住を提言して、賛否両論の議論を巻き起こしたことがあった(PORTUGAL: No Jobs? Just Emigrate! By Mario Queiroz Inter Press Service Dec 29 2011)。

 ブラジルとアンゴラは、ポルトガルの旧植民地である。果たしてこの首相の提言通りに教師の移住が行われたかどうかはわからない。だが、経済的にふるわない国、地域の人間が、母国や故郷を捨てて、別の国や地域に移っていくということは、これまで世界中の至る所でくり返されてきたことである。

 日本では、高度経済成長の時代に、地方の農村部から都市部への大規模な人口の移動という事態が起こった。あるいは、戦前からハワイやブラジルなどへの移民も行われた。  それは、大規模な経済発展が起こった国では必然的に生まれる現象であり、お隣の韓国では、戦後の経済成長によってソウルに人口が集中するという事態が生まれた。
 中国でも、同じような事態が生まれており、それはブラジルでも同様だろう。そして、アメリカには、ヒスパニックが大量に流入し、ヨーロッパにはイスラム圏からの移民が続いている。

資本主義は「農村」を破壊する


 資本主義の社会では、資本の蓄積ということが自己目的化され、経済規模の拡大が続いていく。市場を拡大し、生産力を高めていくことが至上命題となるが、そのためには労働力を確保しなければならない。移住者や移民は、それを満たすために故郷を捨てていくのである。

 そうなれば、どの国、どの地域においても、地方の共同体の弱体化や崩壊という事態が生まれる。日本の高度経済成長の時代には、都市での過密化が問題になり、「殺人ラッシュ」などのことばが生まれたが、同時に地方の農村部では過疎化が問題にされた。現在は、日本各地で、高齢者しか残っていない限界集落が次々と生まれている。

 すでにフランス映画の『禁じられた遊び』についてふれたが、フランスでも地方の農村部においては信仰が盛んである。
 フランスの場合には、フランス革命が起こるまで、カトリックの教会が絶大な権力を誇っていたが、革命によって、教会の領地が奪われるなど、旧体制の象徴であったカトリックの力は衰える。現在のフランスにおいて、「ライシテ」というかなり強硬な政教分離の政策がとられているのも、フランス革命の経験が影響している。

 それでも、フランスが農業国であり、地方の村落共同体が維持されている間は、カトリックの信仰はそうした地域で生き続ける。まさに『禁じられた遊び』は、それが少なくとも戦時中においては維持されていたことを示していた。

 それは、日本の場合も同じで、信仰に熱心なのは都市部の人間ではなく、地方の農村部の人間である。新宗教の場合には、都市部で発展していくことになるが、伝統的な宗教の基盤はやはり農村部にある。

 ところが、資本主義の発展は、その地方にある共同体を破壊していく方向にむかう。地方の農村共同体に残っていては、社会の流れから取り残され、豊かな生活を実現するための手立てが得られないからである。
 農村で農業に従事していても、容易に生産力を拡大し、収入を増やすことはできない。経済発展が続くなかでは、現金による支出がますます必要になる。しかも、グローバル化が進めば、海外から農産物が輸入され、そこに価格競争が起こるわけだから、価格は下がり、農家の生活はより厳しいものになっていく。






宗教消滅
資本主義は宗教と心中する
島田 裕巳 著



【著者】島田 裕巳(しまだ ひろみ)
現在は作家、宗教学者、東京女子大学非常勤講師、NPO法人葬送の自由をすすめる会会長。学生時代に宗教学者の柳川啓一に師事し、とくに通過儀礼(イニシエーション)の観点から宗教現象を分析することに関心をもつ。大学在学中にヤマギシ会の運動に参加し、大学院に進学した後も、緑のふるさと運動にかかわる。大学院では、コミューン運動の研究を行い、医療と宗教との関係についても関心をもつ。日本女子大学では宗教学を教える。 1953年東京生まれ。東京大学文学部宗教学宗教史学専修課程卒業、東京大学大学院人文科学研究課博士課程修了。放送教育開発センター助教授、日本女子大学教授、東京大学先端科学技術研究センター特任研究員を歴任。主な著書に、『創価学会』(新潮新書)、『日本の10大新宗教』、『葬式は、要らない』、『浄土真宗はなぜ日本でいちばん多いのか』(幻冬舎新書)などがある。とくに、『葬式は、要らない』は30万部のベストセラーになる。生まれ順による相性について解説した『相性が悪い!』(新潮新書)や『プア充』(早川書房)、『0葬』(集英社)などは、大きな話題になるとともに、タイトルがそのまま流行語になった。
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