カルチャー
2015年12月7日
真珠湾攻撃から74年――数奇な運命をたどった真珠湾攻撃総隊長・淵田美津雄
[連載] 「戦記」で読み解くあの戦争の真実【2】
文・常井宏平/監修・戸高一成
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2015年12月8日、真珠湾攻撃から74年を数える。かの攻撃で航空隊を率い、アメリカ太平洋艦隊を壊滅して世界中をアッと言わせた海軍軍人・淵田美津雄。戦後、キリスト教に帰依して伝道の旅に出た男は、なぜそのような運命をたどったのか? 激動の時代の“真実”を描いた一冊が『真珠湾攻撃総隊長の回想 淵田美津雄自叙伝』だ。


第二次攻撃を進言するも却下される


『「戦記」で読み解くあの戦争の真実』(戸高一成 監修)より

 淵田美津雄という海軍軍人は、じつに数奇な運命をたどった人物であった。

 真珠湾の奇襲攻撃では総指揮官を務め、「トラトラトラ」(ワレ奇襲ニ成功セリ)の暗号電報とともに、その名が海外にも知られるようになった。イギリスの軍事史家ジョン・キーガンが編んだ『第二次世界大戦人名事典』でも、大戦に関わった「おびただしい数の人物の中から、もっとも重要な人物」として紹介されている。日本人では昭和天皇を筆頭に、陸海軍の大臣や将官、政治家、外交官などが名を連ねていたが、その中に、大佐だった淵田の名もあったのだ。

 本作品は、淵田が書き残していた自叙伝『夏は近い』をまとめたものである。白内障で新聞雑誌の関係記事が読めなかったため、妻の春子が執筆を手伝った。淵田は海軍でも名文家の誉れが高く、作戦の起案でも気品ある文章をつづっている。

 第一部と第二部では、出生から海軍軍人となり、真珠湾攻撃の指揮官として活躍を収めるまでの過程が書かれている。淵田は真珠湾攻撃における空襲部隊の指揮官を務め、攻撃直前には「トラトラトラ」(ワレ奇襲ニ成功セリ)と打電している。そして、アメリカ太平洋艦隊の戦艦部隊を行動不能にする戦果を挙げているが、「第二次攻撃をすべき」という意見は却下されている。

 また、淵田は自叙伝において、真珠湾攻撃における大本営発表の虚構とその背後にあった海軍部内の功名争いを明らかにしている。

 幸先のよいスタートを切った日本海軍だが、その輝きも長くは続かなかった。第三部の「暗転」、第四部の「帝国の落日」では、ミッドウェー海戦から終戦までの過程を書いている。

 淵田は戦局の転換について、次のように述べている。

〈南雲機動部隊が内地に帰還したとき、この世界最強の機動部隊を、中央当局と連合艦隊司令部とで、これを解いて弱体化した措置こそ、太平洋戦争が失われる第一歩を踏み出したものと私は見る。〉

戦後はキリスト教に帰依してアメリカへ


 さらに自叙伝では、連合艦隊司令長官の山本五十六がとった作戦についても、いくつか懐疑的に語っている。自身も出撃して傷を負ったミッドウェー海戦でも、連合艦隊の主力部隊の布陣などを批判した。

 また敗因については、「日本は上下ともに、第一段作戦の勝利に驕って、アメリカ海軍を侮っていた。そのところに驕る平家久しからずがあったわけである」と述べている。

 ミッドウェー海戦後は横須賀航空隊教官、第1航空隊参謀、連合艦隊航空参謀などを経て、終戦を迎える。昭和20年(1945)8月6日、広島に原子爆弾が投下されたが、淵田はその前日まで広島に滞在していた。そのため、広島での原爆体験についても詳しく語っている。

 そして第五部と第六部では、ミズーリ号で行われた降伏調印式から、キリスト教に回心する姿が書かれている。戦後、淵田は1人のアメリカ人から『私は日本の捕虜だった』という小冊子を渡されているが、それを読んで聖書に興味を持ち、キリスト教徒になった。

 戦争の惨禍を生き抜き、かつての仇敵だったアメリカへ伝道の旅に出た、淵田美津雄という人物の"真実"を知ることができる一冊が『真珠湾攻撃総隊長の回想 淵田美津雄自叙伝』だ。

(了)
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「戦記」で読み解くあの戦争の真実
日本人が忘れてはいけない太平洋戦争の記録
戸高 一成 監修



戸高一成(とだかかずしげ)
呉市海事歴史科学館(大和ミュージアム)館長。1948年、宮崎県生まれ。多摩美術大学卒業。財団法人史料調査会主任司書、同財団理事、厚生労働省所管「昭和館」図書情報部長を歴任。著書に「戦艦大和復元プロジェクト」「戦艦大和に捧ぐ」「聞き書き・日本海軍史」「『証言録』海軍反省会」「海戦からみた太平洋戦争」「海戦からみた日清戦争」「海戦からみた日露戦争」。編・監訳に「戦艦大和・武蔵 設計と建造」「秋山真之戦術論集」「マハン海軍戦略」。共著に「日本海軍史」「日本陸海軍事典」「日本海軍はなぜ誤ったか」。部分執筆としてオックスフォード大学出版部から発行された「海事歴史百科辞典」全4巻(The Oxford Encyclopedia of Maritime History・2007)に東郷平八郎や呉海軍工廠などの項目を執筆。