カルチャー
2016年3月11日
「保育園落ちた日本死ね」から考える「子どもファースト」な社会
[連載] 自分の半径5mから日本の未来と働き方を考えてみよう【1】
小学校では待機児童がないのに、なぜ保育園ではできないのか
  • はてなブックマークに追加

外国人の力を活用してきた日本


出口 少子化対策の問題を語るうえで、今後避けては通れないのが移民の受け入れ問題です。このまま少子高齢化が進めば、移民の受け入れは当然選択肢のひとつとして挙がってくる問題だと思います。
 この移民問題で僕がよく思い出すのが、日本生命時代に訪れた群馬県上野村の黒澤丈雄村長のエピソードです。上野村は1985年に日本航空123便が墜落したところで、群馬県の中でももっとも人口密度が低い、過疎化が進んだ地域のひとつです。
 黒澤さんは、1965年から2005年まで10期40年にわたり村長を務めた方で、僕が前橋から車で2時間程かけてうかがったときも、温かく出迎えてくださいました。
 僕は2時間程、村長と語らったのですが、何気なく「村長を長くやられてきたなかで、一番うれしかったことは何ですか?」と訊いてみました。すると黒澤さんは一瞬黙られたあと、「去年、村に赤ちゃんが2人生まれたことです。2人のフィリピン人のお母さんが産んでくれて。それが一番うれしかったですね」と涙ながらに語られました。
 人口が2000人に満たない上野村に、久しぶりに嫁いできたのはフィリピンの女性で、元陸軍少佐という経歴を持つ黒澤さんは何か割り切れないものを感じていたそうです。しかし、生まれてきた赤ん坊を見ると、そういう気持ちは一瞬の内にどこかに吹き飛んでしまった。そして、上野村に嫁いできてくれたフィリピン女性が心から来て良かったと思えるように一所懸命政治をしようと決意されたそうです。
 子どもが生まれるということは、それだけで尊いのです。そこに日本人や外国人という壁は存在しません。

島澤 まさにおっしゃる通りだと思います。スポーツの世界でも、外国人力士が活躍する大相撲は、これからの日本のあり方を示しているような気がします。

出口 W杯で大活躍したラグビーの日本代表もそうですね。代表メンバー32人のうち、約3分の1は外国系の選手ですが、彼らはれっきとした日本代表ですし、それに勝てば日本中が盛り上がります。
 1998年のW杯で優勝したフランスのサッカーチームも、ほとんどが移民系です。優勝に貢献したジネディーヌ・ジダン選手もアルジェリアの移民2世です。スポーツの世界を除けば、日本で移民が活躍する機会はまだほとんどないので、これは逆に言えば伸びしろが山ほどあるということです。

島澤 日本はよく「島国だから海外のものは受けつけない」などと言われがちですが、かつては諸外国と行き来して、その国の人たちの力を借りていました。

出口 明治のお雇い外国人などが、その典型です。それから奈良時代の仏教指導者も、ほとんど中国などから来てもらっています。唐招提寺を開いた鑑真は中国人ですし、東大寺の大仏開眼供養の導師を務めたのは、菩提僊那(ぼだいせんな)というインド出身の高僧です。
 それから、戦後の日本はGHQの指示によって再生への道を歩み始めましたが、これもお雇い外国人と一緒です。日本は外国人の力で伸びた部分も少なくないので、移民の受け入れについても、それほど神経質になる必要はないと思います。
 もちろん、移民の受け入れにはさまざまな問題がつきまとっていて、ヨーロッパでも中東やアフリカからの難民受け入れ問題をめぐって紛糾しています。しかし、歴史的に見ると豊かな地域では移民が人口を下支えし、繁栄に貢献したという事実があります。感情論に走らず、先人たちの取り組みを見ながら冷静に考えるべき問題だと思います。
 私見では、留学生の受け入れ拡大から始めるのが一番理に適っていると思います。日本語も話せるし、文化的にもなじんでいるはずですから。

(続)





自分の半径5mから日本の未来と働き方を考えてみよう会議
出口治明・島澤諭 著



出口治明(でぐち・はるあき)
1948年、三重県生まれ。京都大学法学部卒業。1972年、日本生命保険相互会社入社。日本興業銀行(出向)、生命保険協会財務企画専門委員会委員長(初代)、ロンドン事務所長、国際業務部長などを経て、2006年に日本生命保険相互会社を退職。東京大学総長室アドバイザー、早稲田大学大学院講師などを経て、現在、ライフネット生命保険株式会社・代表取締役会長兼CEO。

島澤諭(しまさわ・まなぶ)
東京大学経済学部卒業。1994年、経済企画庁(現内閣府)入庁。2001年内閣府退官。秋田大学教育文化学部准教授等を経て、2015年4月より中部圏社会経済研究所経済分析・応用チームリーダー。この間、内閣府経済社会総合研究所客員研究員、財務省財務総合政策研究所客員研究員等を兼任。専門は世代間格差の政治経済学。
  • はてなブックマークに追加