カルチャー
2016年3月18日
「世代間格差」をできるだけ冷静に考える
[連載] 自分の半径5mから日本の未来と働き方を考えてみよう【2】
「老人はもらいすぎでけしからん!」の高齢者責任論では解決しない
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「公的年金保険の破綻」はなぜありえないか


島澤 少子高齢化の問題を語るとき、必ずといってもいいほど出てくるのが「公的年金保険破綻説」です。専門家の中にも警鐘を鳴らす人がいて、メディアも不安を煽り立てているので、何となく不安を感じている人も少なくありませんが、私は公的年金保険の破綻はありえないと思っています。
 そもそも、公的年金保険の破綻とはどういう状態を指すのか、統一的な見解を見たことがありません。例えば、約束した金額を1円でも下回れば破綻なのか、1円でも支払われれば破綻ではないのか、実際には現在の積立金がなくなれば、完全賦課方式に移行するだけですので、そのプロセスにおいて、幾ばくかの給付金額のカットはあるだろうと思いますが、それでも年金は支払われるはずです。
 例えば、JALが実質的に経営破綻した2010年時点で、JALの企業年金は、約2400億円の積み立て不足だったため、年金債務圧縮のため、現役とOBから3分の2の同意を得て年金減額を行いました。減額幅には現役と退職者とで不公平はあったものの、全額支給停止になることはありませんでした。

出口 「公的年金保険破綻はありえない」という見解については、僕も同じ考えです。2015年度予算によると日本の税収は約55兆円で、歳出は約96兆円あります。歳出が税収を上回っているのに政府が破綻しないのは、国債を発行しているから。国債が発行できれば財政も維持できるので、公的年金保険も支払うことができます。つまり、政府が国債を発行できる限り、公的年金保険は破綻しないということになります。
 逆に考えれば、政府が破綻するときは国債が紙くずになるときです。そうなったときは、民間の金融機関は大量の国債を抱えてすべて破綻しているはずです。つまり、近代国家では政府より安全な金融機関は存在し得ないのです。これが政府の格付けが落ちると、自動的に金融機関の格付けが落ちる理由です。ですから、公的年金保険破綻というデマに煽られて、国民年金の保険料を支払うのを止めて金融機関にお金を預けるのは、経済的には愚かな行為という他ありません。
 それから、公的年金保険の改革で何よりも大事なのは厚生年金の適用拡大だと考えています。国民年金は、そもそもが自営業者のための年金であって、彼らは昔から定年がないので年金額が少なくても問題がないのです。
 ところがアルバイトなどの非正規労働者も現在は基本は国民年金だけで、週30時間以上働いてようやく厚生年金の加入対象となります。しかし、今は「良い仕事をして成果をあげれば、労働時間は関係ない」という成果主義を政府も重視しているのですから、すべての被用者に厚生年金を一斉適用すれば、長時間労働という悪習を一掃する機会にもなると思うのです。
 この改革を行えば、契約社員やパートタイマーも軒並み厚生年金でカバーされるので、第3号被保険者(サラリーマンや公務員の奥さん)の問題もほぼ自動的に解決できます。働いている奥さんはかなりの数にのぼるはずですから。

島澤 こうした改革には、負担増を嫌う企業が反対しています。

出口 確かに短期的には企業の負担は増すかもしれませんが、長い目で見れば企業にとってもメリットがあるはずです。例えば、繁忙期に週3回だけ働きに来てもらうなど、多様な働き方で雇えるようになるのですから。上手く活用すれば、トータルの人件費を減らすことも十分可能です。
 この適用拡大はドイツの第7代連邦首相であるゲアハルト・シュレーダーが推進した構造改革(アジェンダ)のひとつの柱であって、この大改革でドイツ経済は強くなったのです。立派な成功事例があるのですから、採用しない手はないと思います。シュレーダーなら厚生年金の保険料を支払えないような企業は、そもそも初めから人を雇用する資格などないのだと一喝しそうです。

(了)





自分の半径5mから日本の未来と働き方を考えてみよう会議
出口治明・島澤諭 著



出口治明(でぐち・はるあき)
1948年、三重県生まれ。京都大学法学部卒業。1972年、日本生命保険相互会社入社。日本興業銀行(出向)、生命保険協会財務企画専門委員会委員長(初代)、ロンドン事務所長、国際業務部長などを経て、2006年に日本生命保険相互会社を退職。東京大学総長室アドバイザー、早稲田大学大学院講師などを経て、現在、ライフネット生命保険株式会社・代表取締役会長兼CEO。

島澤諭(しまさわ・まなぶ)
東京大学経済学部卒業。1994年、経済企画庁(現内閣府)入庁。2001年内閣府退官。秋田大学教育文化学部准教授等を経て、2015年4月より中部圏社会経済研究所経済分析・応用チームリーダー。この間、内閣府経済社会総合研究所客員研究員、財務省財務総合政策研究所客員研究員等を兼任。専門は世代間格差の政治経済学。
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