カルチャー
2016年4月22日
なぜ「残業禁止」が労働生産性を向上させるのか
[連載] 自分の半径5mから日本の未来と働き方を考えてみよう【7】
ガラパゴス的に進化した「日本型人事システム」に疑問をもつ
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一括採用(青田買い)、終身雇用、年功序列、定年――これらは実はワンセット


島澤 終身雇用を何十年も続けられたことで、「入社してからずっと同じ会社にいるのが当たり前」という意識が浸透していったんですね。

出口 昔は学生もそれが当たり前だと思っていたので、今のように「転職してキャリアアップを」などと考える人はほとんどいなかった。こうして終身雇用の社会が構築されたわけですが、終身雇用型の社会では年功序列のほうが圧倒的に楽です。同期で入った10人を生産性に応じて評価するのは大変な仕事なので、「5年経ったらみんな係長に昇進させますよ」という年功序列型にシフトしていったのです。
 年功序列型になれば、長く会社にいたほうが得ですから、社員はなかなか辞めません。そこで定年制(あるいは役職定年制)を設け、給料が高い高齢社員を自動的に追い出すシステムをつくりました。終身雇用・年功序列というシステムを補うためにつくられたのが定年制です。1970年までは55歳定年が主流でしたが、その後、60歳まで引き上げられ、現在は65歳まで引き上げようという動きとなっています。
 この一括採用(青田買い)、終身雇用、年功序列、定年というシステムは、一見バラバラに見えますが、じつはワンセットになっていて、これが「1940年体制」という戦後の日本の体制に見事に適合して、ガラパゴス的に成長していったのです。

島澤 経済学者の青木昌彦先生も、「一括で制度が成り立っている。どれかひとついじってもうまくいかない」と唱えています。例えば、年功序列を採用している会社に中途社員や年齢が異なる新卒がたくさん入ってきたら、その会社の人事システムはこんがらがってしまう。だからシステムは一括のままずっと維持されていくし、新しくしようともしないんですね。

出口 高度成長の時代はそれで上手くいっていたので、わざわざシステムを崩す必要はなかったのです。ところがバブル崩壊を機に高度成長の時代が終わり、ガラパゴス的な労働慣行を支えていた4条件(冷戦構造、キャッチアップ型モデル、人口増加、高度成長)がすべて消え去りました。当然労働のシステムもそれに合わせて見直さなければならなかったのですが、今もほとんどの大企業が青田買いを行い、終身雇用や年功序列・定年制などの旧来型の人事システムを変えようとはしていません。
 今も人事システムが変わらないのは、企業のエグゼクティブの意識が古いからです。彼らは「1940年体制」の下で成功体験を積んだ世代ですが、そこから抜け切れていないのです。成功体験を忘れることは誰にもなかなかできないので、仕方がない面もあるかもしれませんが。
 加えて、現在のエグゼクティブは高齢の人が多いので、頭が堅いという面もあるのでしょう。戦後はGHQの公職追放で指導者層が軒並み一掃され、若い世代がけん引して戦後の高度成長をもたらしました。それを考えると、若返りというのはとても大事ですね。

島澤 はい。ちなみに私は年功序列の突破口となるのは外国人労働者の導入だと思っています。

パフォーマンスではなくロイヤリティーを重視する組織は危うい


出口 僕は、日本の生産性を上げるには「定年の廃止」と「残業の禁止」が必要だと考えています。ここでは、「残業の禁止」について説明したいと思います。
 僕たちの頭の中には「日本人は勤勉だ」という思い込みがあるので、「日本人の労働生産性は低い」と言われると、首をかしげる人も少なくないかもしれません。しかし、本当に勤勉であれば、1人あたりGDPの順位はもっと高くなるはずです。結局、「日本人は勤勉だ」という認識は高度成長期につくられた"神話"なんだと思います。

島澤 サッカーW杯の試合後にゴミ拾いをして帰る日本人サポーターの姿がニュースで取り上げられ、「日本人は真面目で礼儀正しい」「しっかりしている」などと言われるのですが、日本を訪れた外国人はこのような話をします。
 「日本人が礼儀正しいかどうかは、朝の通勤電車に乗っていればすぐにわかる。押されたり、暴言を吐かれたり、蹴られたりする。あれが日本人の本当の姿だ。外向きがええかっこしいだけなのでは?」
 外国人が客観的な視点からこのように述べているのですから、日本人の勤勉さや礼儀正しさというのは「神話」なんだと思います。または、自分たちがそれを信じていたいという願望があるからなのかもしれません。
 残業するから勤勉というわけでもないので、「残業の禁止」は必要だと思います。職場でも何となく帰りにくく、ダラダラ残業してしまう人も少なくないですが、こういう人が「労働生産性が高い」とは思えません。残業代目当てに昼間はそんなに働かず、夜になったら働き出す人もいるという話を伺ったこともあります。






自分の半径5mから日本の未来と働き方を考えてみよう会議
出口治明・島澤諭 著



出口治明(でぐち・はるあき)
1948年、三重県生まれ。京都大学法学部卒業。1972年、日本生命保険相互会社入社。日本興業銀行(出向)、生命保険協会財務企画専門委員会委員長(初代)、ロンドン事務所長、国際業務部長などを経て、2006年に日本生命保険相互会社を退職。東京大学総長室アドバイザー、早稲田大学大学院講師などを経て、現在、ライフネット生命保険株式会社・代表取締役会長兼CEO。

島澤諭(しまさわ・まなぶ)
東京大学経済学部卒業。1994年、経済企画庁(現内閣府)入庁。2001年内閣府退官。秋田大学教育文化学部准教授等を経て、2015年4月より中部圏社会経済研究所経済分析・応用チームリーダー。この間、内閣府経済社会総合研究所客員研究員、財務省財務総合政策研究所客員研究員等を兼任。専門は世代間格差の政治経済学。
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