カルチャー
2016年5月12日
「事実上の弾道ミサイル」とは何か?
[連載] 北朝鮮「核ミサイルの驚異」【1】
文・かのよしのり
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北朝鮮は米国や日本から認めてもらいたい


 それにしても、日本の1つの県にも満たない経済力しかない北朝鮮が、国民の生活に犠牲を強いてでも、衛星打ち上げロケット(弾道ミサイル)や核兵器の開発をするというのは、これまた諸外国の人々から非難されるところでしょう。「国民を餓死させてまで」と。

 しかし、なぜそうするのか、自分が北朝鮮の指導者になったつもりで北朝鮮の国家戦略を考えてみれば納得がいきます。北朝鮮は独立国になりたいのです。「北朝鮮が独立国ではない」などというと奇異に思われる人も多いでしょう。米国や韓国や日本政府が北朝鮮を国として認めていないのはともかく、国連には加盟しているのだし、北朝鮮を国と認めて国交を持っている国はたくさんあります。

 しかし、北朝鮮は米国や日本から国家として認めてもらいたいのです。そして朝鮮戦争を「休戦」ではなく「終戦」にしたいのです。そのために必要なのは軍事力です。「おまえたちなど、国とは認めない」と言っている相手に「国と認める」と言わせるのは独立戦争と同じです。独立戦争に勝利し「国家」であることを相手に認めさせるためには「認めるしかあるまい」と相手に思わせるだけの軍事力が必要です。

北朝鮮の陸・海・空戦力は?


 「北朝鮮に軍事力がない」などというと、これまた奇異に思われるでしょうが、米国が相手です。米国に「北朝鮮と喧嘩はできない」と思わせなければならないのに「その力がない」ということです。北朝鮮の陸軍は「兵力95万人」と言われ、戦車が3500輌とか装甲車が2500輌とか、野砲が3500門とか、数の上ではドイツやフランスなどヨーロッパ主要数カ国の兵力を合わせたより大きいのです。ですが、その装備のほとんどが、とうてい近代戦の役に立ちそうにはない旧式なものです。その上、部品も燃料も足りず「ほとんど稼働状態にはない」と見られています。

 もっとも、「たった一度、死に花を咲かせるための燃料、弾薬、部品」は温存していて、一会戦だけはこの数が稼働するのかもしれません。しかし、あまりにも旧式です。北朝鮮軍にはまともに夜間戦闘能力がありません。湾岸戦争やイラク戦争のときのイラク軍は北朝鮮軍に比べれば、ずっと近代装備の軍隊でしたが、米国に比べれば夜間戦闘能力で劣っており、それがわかっている米国は夜間戦闘にもちこんで、ほぼ一方的にイラク軍を撃破しました。イラク軍より旧式な北朝鮮軍は「射撃の的」でしかないでしょう。また、現代の先進国の軍隊では、敵が砲弾を発射するとその飛来をレーダーが捕え、その弾道からコンピューターが発射位置を計算し、即座に撃ち返せるようになっていますが、北朝鮮軍にはその能力もないようです。

 海軍を見れば、まともな水上艦艇は皆無に近い状態です。第二次大戦のころの技術水準の旧式な潜水艦が25隻ばかり、昔の日本海軍の「甲標的」と呼ばれた特殊潜航艇のような小型潜水艇を50隻あまり持っていますが(これも韓国の警備艇を撃沈したことがあるのだから馬鹿にして油断してはいけないのでしょうが)、米国や日本を相手に、まともに戦えるとは思えないものです。

 空軍は陸や海に比べれば旧式さの点で多少ましですが、それでもとうてい先進国空軍とはいえません。飛行機が旧式なこともさることながら、燃料不足によりほとんど訓練ができていないので、「旧式なのを腕でカバー」どころではありません。ほとんどの北朝鮮軍パイロットの技量は、飛ぶのがやっとでしょう。

 一部の分析者によれば「北朝鮮軍は、もはや軍隊としての機能を喪失している」とさえ酷評されています。この状態で、米国を相手に「北朝鮮を相手に喧嘩はできない」と思わせることなど夢のまた夢です。

米国を脅すには最新戦闘機100機よりも核ミサイル


 ですが、核ミサイルがあれば話は別です。北朝鮮が核兵器や弾道ミサイルを開発していることについて、「国民の生活を犠牲にしてまで、なぜ核ミサイルの開発など」と思う人が多いでしょうが、戦闘機を100機、新型に更新するより核ミサイルを開発する方が安上がりなのです。そして100機の戦闘機と核ミサイルと、どちらが「北朝鮮と喧嘩はできない」と思わせる効果があるかといえば、当然、核ミサイルです。

 そしてこの核ミサイルは、米国に対して以上に、北朝鮮が中国から独立するための切り札でもあるのです。北朝鮮の核ミサイルの標的は、東京やワシントンである前に「北京である」と筆者は思っています。ではなぜ「標的は北京」なのでしょうか? それは次回に解説しましょう

(続)





ミサイルの科学
現代戦に不可欠な誘導弾の秘密に迫る
かのよしのり 著



かのよしのり
1950年生まれ。自衛隊霞ヶ浦航空学校出身。北部方面隊勤務後、武器補給処技術課研究班勤務。2004年、定年退官。著書に『ミサイルの科学』『拳銃の科学』『重火器の科学』『狙撃の科学』『銃の科学』(サイエンス・アイ新書)、『鉄砲撃って100!』『スナイパー入門』(光人社)、『自衛隊vs中国軍』(宝島社)、『自衛隊89式小銃』『中国軍vs自衛隊』(並木書房)などがある。
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