カルチャー
2016年5月26日
広島・長崎に原爆は落とされる必要があったのか
トルーマンと原爆投下の本当の動機
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5月27日、オバマ大統領が広島を訪問する。原爆投下後、広島を訪問する初の大統領としてのオバマ氏の言葉に注目が集まっているが、そもそも広島・長崎に、原爆は落とされる必要があったのだろうか。SB新書『日本人の知らない日米関係の正体』の著者・八幡和郎が解説する。


原爆開発の「マンハッタン計画」を知らなかったトルーマン


『日本人の知らない日米関係の正体』(八幡 和郎 著)

 終戦前の4カ月と、戦後にマッカーサーが東京にきた時期、アメリカの大統領は一貫してトルーマン(在職1945~53年)でした。1945年4月、彼はルーズベルトの死去により大統領に昇格し、1948年の大統領選挙で僅差ながらも再選され、1953年1月にアイゼンハワー大統領(在職1953~61年)に引き継ぎました。

 トルーマンは、ミズーリ州で地方行政官として有能さを発揮したのち、トム・ペンダーガストという地方ボスの傀儡として上院議員となりました。

 ルーズベルトの三期目の副大統領は、ウォーレスというリベラル左派の政治家でした。映画監督のオリバー・ストーンが彼の大ファンで、もし彼が大統領になっていたら世界史は根本的に変わっていただろうといっています。

 しかし、保守派の反対でウォーレスは再任されず、ルーズベルト四期目の副大統領には、毒にも薬にもならないトルーマンがなったという経緯があります。

 就任からしばらくのトルーマンは、外交や軍事問題などをほとんど理解していませんでした。したがって、どのように考えてさまざまな重要決定をしたのか、議論すること自体が無駄な気がします。

 大統領に就任するまで、彼は原爆開発のための「マンハッタン計画」を知らされていませんでした。7月のポツダム会議には、ソ連の対日参戦を実現させなければ戦争は長引くかもしれないと思って出発しましたが、会議の途中で原爆実験成功の報を受けました。
 もうソ連の協力は不要なのですから、わざわざソ連に参戦させて分け前を渡すメリットもなくなっていたのです。以後、トルーマンはソ連に対して強気の態度に出ますが、このように、トルーマンの行動は常に行き当たりばったりでした。

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日本人の知らない日米関係の正体
本当は七勝三敗の日米交渉史
八幡 和郎 著



八幡和郎(やわたかずお)
昭和26 年、滋賀県大津市生まれ。東京大学法学部卒。通商産業省(現・経済産業省)入省。フランス国立行政学院(ENA)留学。国土庁長官官房参事官、通産省大臣官房情報管理課長などを歴任し、中国との通商問題や研究協力を担当した後、現在、作家・評論家としてテレビなどでも活躍中。徳島文理大学大学院教授。主要著書に『江戸三〇〇藩 最後の藩主』(光文社新書)、『歴代総理の通信簿』(PHP新書)、『本当は恐ろしい江戸時代』(SB 新書)、『世界の国名地名うんちく大全』『世界の王室うんちく大全』(ともに平凡社新書)など。