カルチャー
2016年6月17日
北朝鮮・核ミサイルの標的は「北京」
[連載] 北朝鮮「核ミサイルの驚異」【2】
文・かのよしのり
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北朝鮮が躍起になって核開発・ミサイル開発を進めるワケ


 2002年、故・金正日(キム・ジョンイル)が総書記だったときには、日本の小泉純一郎首相が平壌(ピョンヤン)を訪問し、金正日に拉致の事実を認めさせ、幾人かの拉致被害者を帰国させたことがありました。金正日は、いったいなぜ、拉致の事実を認めるようなことをしたのでしょう?

 普通ならば「知らぬ、存ぜぬ」で押しとおし、拉致の事実を認めないどころか、日朝首脳会談さえ行われないはずです。なぜ北朝鮮は拉致の事実を認め、一部の拉致被害者を返すようなことをしたのか? それは北朝鮮が困り果てて、「もう日本に屈服する恥を忍んででもいい」「とにかく日本の援助が受けられるようになりたい」と考えたからでしょう。

 ならば、日朝関係はその後、なぜ進展しなかったのか? 筆者は、中国が原因だと推測しています。北朝鮮に日本の影響力が強まることを恐れた中国が、「日本と手を組まないように」金正日を強く脅したのでしょう。そうでもなければ、その後の進展のなさは説明がつきません。北朝鮮にしてみれば、これは怒り心頭です。「中国は北朝鮮を裏切ってもいいが、北朝鮮は日本に接近してはならない」などという理不尽な話を納得できるわけはありません。

 中国は北朝鮮を発展させるつもりは毛頭ありません。北朝鮮に外国の資本が投下されて工場でもできたら、労働者として中国人より朝鮮人のほうがまじめですから、中国人の仕事が減ります。中国は、米軍が駐留する韓国と直接国境を接しないように、緩衝地帯として北朝鮮を残したいだけで、発展などさせたくないのです。

 北朝鮮にしてみれば、中国は、いまや米国よりも疎ましい相手でしょう。北朝鮮が発展するためには中国の属国状態から離脱しなければなりません。しかし、すんなりと中国がそれを認めるわけがなく、北朝鮮が独立するには「北京を灰にしてやるぞ」という切り札が必要になると考えたのです。だからこそ、その後、急速に北朝鮮の核開発、ミサイル開発に拍車がかかったのです。

どこの国でもロケットは東向きに打ち上げる


 北朝鮮は日本の方向に向けてロケット(ミサイル)の発射実験をしています。だから日本人は、日本が狙われているような気がして、これを「脅威」と騒ぎますが(もちろん脅威であることには違いないのですが)、北朝鮮にしてみれば、日本を脅しているつもりはないでしょう。

 ロケットというものは、地球の自転の力を借りると打ち上げが成功しやすいので、どこの国でも東に向かって発射するものなのです。唯一の例外はイスラエルです。イスラエルの場合、東に向けて発射するとアラブ諸国の領土に落下することになりますから、安全に海(地中海)へ落とすためには、西向きに発射するしかないのです。

 さらに言えば、北朝鮮がロケットを西向きに発射すれば中国に落ちます。やはり安全に海へ落とすためには、東の日本の方向に発射するしかないというわけです。

 それでも最近は、あまり日本を刺激しないように、日本列島の真上を跳び越すようなことをせず、南東方向に向けて飛ばすようになってきました。北朝鮮のミサイルは本当は日本を狙っているのではありません。北朝鮮の核ミサイルの第一の標的は北京なのです。

「負ける」戦争を仕掛けてくる可能性はある


 今や北朝鮮は日本に助けてもらいたいと思いこそすれ、日本と戦争をしなければならない理由など何もありません。北朝鮮は戦争などしたくありません。北朝鮮の軍事力で米国や日本に勝てるわけがありません。金正恩はじめ、北朝鮮首脳部は誰一人戦争を望んではいないでしょう。「やれば破滅だ」「そんなことは自殺行為だ」とわかっています。

 中国にしても、北朝鮮に戦争など起こされたくありません。中国は中国の属国としての北朝鮮は残したい。韓国に統一などされたくない。だから戦争になれば北朝鮮を助けなければならないが、かといって米国と戦争したくもないでしょう。そこで、もし朝鮮半島で戦争が起これば、米国の味方をするふりをして北朝鮮へ攻め込み、中国軍が北朝鮮を占領することによって北朝鮮を残そうとするでしょう。もちろん、そこで金王朝は終わりです。ですから金正恩は決して戦争を望んではいません。

 ただし、そこから少し下の、軍隊でいうなら大佐クラスは別です。このクラスの中には、「この国を救うには、戦争をやって負けるのがいいのだ」と考えている者が少なからずいるでしょう。戦争に負ければ金一族は破滅ですが、一般国民は米国にでも占領されたほうが、いまの状態よりましな暮らしができるようになるかもしれないからです。そう考える者たちにとっては、朝鮮戦争が休戦中でしかなく、一触即発状態が続いているということは、「これ幸い」です。つまり「敵に怪しい動きがあったので撃ちました」といって、現場の判断で引き金を引きやすいからです。

 ですから、金正恩が戦争を望んでいないとはいっても、戦争が起きる可能性はあるし、北朝鮮のミサイルが日本に向けて発射される可能性も否定できないのです。

(了)





ミサイルの科学
現代戦に不可欠な誘導弾の秘密に迫る
かのよしのり 著



かのよしのり
1950年生まれ。自衛隊霞ヶ浦航空学校出身。北部方面隊勤務後、武器補給処技術課研究班勤務。2004年、定年退官。著書に『ミサイルの科学』『拳銃の科学』『重火器の科学』『狙撃の科学』『銃の科学』(サイエンス・アイ新書)、『鉄砲撃って100!』『スナイパー入門』(光人社)、『自衛隊vs中国軍』(宝島社)、『自衛隊89式小銃』『中国軍vs自衛隊』(並木書房)などがある。
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