ビジネス
2016年8月8日
世界から孤立する中国は、戦前の日本と同じ過ちを犯している
文・松本利秋(国際ジャーナリスト)
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南シナ海やAIIBを巡る問題で、孤立化を深めている中国。その状況を見ると、戦前の日本の姿と重なると、国際ジャーナリストの松本利秋さんは言う。その共通点とは何か? テレビや雑誌などでコメンテイターとして活躍中の松本利秋さんに、トップの意思決定の矛盾や、情勢判断の誤り、問題の先送り、無責任体質といった現代の日本企業も抱える問題点を通して、当時の日本がどのように世界から孤立していったのかを解説いただいた。


世界の常識と全く異なる日本の「特異」な戦争観


 欧米諸国は人間社会につきものである争いごとを、他人を徹底的にだまし、傷みつけることで解決してきた歴史を持つ。旧約聖書の戦闘にまつわる様々なエピソードがそれを裏付けている。

「男の子は皆殺し、男を知った女も殺せ」
「もし彼らを生かしておけば、その者はお前たちの目の棘(とげ)、脇腹の棘(いばら)となり、お前たちを悩ます結果となるから、皆殺しにしろ」

(いずれも旧約聖書「民数記」)

 これとまったく正反対に立つのが、微温的な世界で培われて来た日本人の戦争観である。
 たとえば、平清盛は源氏との戦いに勝利した後、源頼朝らを助命したが、それが後になって平氏の滅亡に繋がることになる。

 関ヶ原の合戦のときも、あえて農繁期を避け、刈り取りが終わった後に開始された。農民たちは弁当持ちで合戦を観戦していたほどである。その様子が様々な文章として著され、詳細な戦闘記録として後世に残される結果となった。日本における戦闘とはこのような状態であった。

 だが、欧米社会は全く戦争観が異なる。日本人が持っている常識は、欧米では全く通用しない。そのことが太平洋戦争の時も根付いていなかったし、そして今もそうであろう。

 太平洋戦争に至る過程で日本は、「徹底的に敵を殲滅することを根底に据えた欧米諸国が持つ戦争観」と正面からぶつかることになる。実はその時、同盟を結んでいたドイツにも「重要部分」で騙され、日本はそのことにすら気づいていなかったのである。

ドイツに騙されながら三国同盟を結ぶ愚かな日本


 1940年9月27日に結ばれた日独伊三国同盟は、日本の運命を決定づけたエポック的な存在である。とりわけ、日本にとっては1939年にポーランドに侵攻し、第二次世界大戦を始めていたドイツと同盟を結ぶことは、国際社会における日本の立ち位置を決定づけ、イギリス、フランス、そしてその背後には英仏と利害関係が一致しているアメリカとの対立を生む結果となるのは十分予想できていた。

 さらに言えば、1937年に結ばれた日独伊防共協定は対ソ連同盟を目指していたが、突如として独ソ不可侵条約が結ばれ、独ソは秘密裏に両国によるポーランドの分割を決め、ドイツは第二次世界大戦の切っ掛けをつくってしまったのだ。この独ソ不可侵条約で日本はドイツに騙されたことになる。

 当時の平沼内閣はこの事態を予測できず、この外交的大失敗の責任を取って総辞職してしまった。にもかかわらず、ヨーロッパで戦争に突入したドイツ、イタリアと同盟を結ぶのは辻褄が合わない。日本はまた突如としてドイツに裏切られ、三国同盟も破棄されて全く孤立化してしまう危険極まりない選択をしたことになる。

 事実、ヒトラーは1941年6月22日、ソ連に侵攻するバルバロッサ作戦開始直前にはアメリカにそのことを通告していたが、同盟国である日本には独ソ戦にに関することは全く知らせていなかったのである。

 ともあれ、ヨーロッパで戦争が拡大していく中で結ばれた三国同盟に、日本はどのようなメリットを想定していたのか。当時の日本は中国大陸で国民党政府軍と戦闘状態にあり、多大な戦費と兵員を費やしていた。

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なぜ日本は同じ過ちを繰り返すのか
太平洋戦争に学ぶ失敗の本質
松本 利秋 著



松本 利秋(まつもと としあき)
1947年高知県安芸郡生まれ。1971年明治大学政治経済学部政治学科卒業。国士舘大学大学院政治学研究科修士課程修了。政治学修士。国士舘大学政経学部政治学科講師。ジャーナリストとしてアメリカ、アフガニスタン、パキスタン、エジプト、カンボジア、ラオス、北方領土などの紛争地帯を取材。TV、新聞、雑誌のコメンテイター、各種企業、省庁などで講演。著書に『戦争民営化』(祥伝社)、『国際テロファイル』(かや書房)、『「極東危機」の最前線』(廣済堂出版)、『軍事同盟・日米安保条約』(クレスト社)、『熱風アジア戦機の最前線』(司書房)、『「逆さ地図」で読み解く世界情勢の本質』『日本人だけが知らない「終戦」の真実』(小社刊)など多数。