カルチャー
2016年9月28日
物づくり、工学的視点から見た「日本刀」のスゴさ
文・臺丸谷 政志
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科学的視点から見る日本刀の「強靭さ」と「美しさ」


――刃文についても教えてください。

図3●写真:銀座長州屋

 図3の刀の刃文は「湾れ(のたれ)」といわれます。美術工芸品としての評価には、反り、刃文に加え、この写真ではよく見えませんが「鍛え肌(きたえはだ)」も重要です。さらに刃境には「沸(にえ)」や「匂(におい)」と呼ばれる焼入れ文様も見られます。これらは刀剣の重要な鑑賞要素になっていますが、すべて焼入れによる玉鋼の「相変態(そうへんたい)」に起因しています。

――焼入れによる「相変態」とは何ですか?
 鉄の結晶構造の変化を「鉄の相変態」といいます。焼入れでは、「火造り」(小槌で叩きながら日本刀の形状を打ち出していくこと)によって刀姿がほぼ決められた刀身に、「焼刃土(やきばつち)」が塗られます。刃になる部分には焼刃土を薄く、棟側には1mm程度に厚く焼刃土を塗ります。続いて「火床(ほど)」で800℃程度に刀身を一様に加熱し、「船」と呼ばれる水槽に一気に沈めて、急冷します。このとき、玉鋼の相変態によって反りと刃文が同時に生じます。

図4●冷却速度の違いによる鋼の相変態

 図4は、冷却速度の違いによる鋼の相変態です。図面の縦軸は温度(℃)、横軸は鉄鋼中の含有炭素量(%)です。

 焼刃土が薄く塗られた刃部は急冷されて、鉄鋼では最も硬い「マルテンサイト」という鋼組織に変態し、焼刃土が厚く塗られた棟側と刀身内部は除冷されて「パーライト」と「フェライト」という、軟らかく延性や靭性が大きい結晶組織になります。したがって、刃の部分は硬くてよく切れ、刀身全体としては柔軟性がある「強靱で折れにくい日本刀」がつくられます。

 日本刀の強靭さについてのメカニズムは、拙著『日本刀の科学』(サイエンス・アイ新書)で詳しく解説していますが、刃側の部分は体積膨張が大きなマルテンサイト、棟側はそれに比べて体積膨張が小さいパーライトに変態する結果、刀身は湾曲変形します。すなわち、「日本刀の反りは、力学的バランスによって生まれた造形」といえるのです。

(了)


日本刀の科学
武器としての合理性と機能美に科学で迫る
臺丸谷 政志 著



臺丸谷 政志(だいまるや まさし)
1945年、北海道生まれ。室蘭工業大学名誉教授。1968年、室蘭工業大学工学部機械工学科卒。1970年、室蘭工業大学大学院工学研究科機械工学専攻修了。1980年、工学博士(北海道大学)。1987~2011年、室蘭工業大学工学部教授。著書は『基礎から学ぶ材料力学』(森北出版社、2004年)など。衝撃工学、熱応力および日本刀に関する研究論文が多数。室蘭工業大学と室蘭民報社が共催する公開講座「日本刀の科学」で講師を務める。
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