ビジネス
2017年5月24日
野村克也氏がボヤく、「褒める上司」は信用できない
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ID野球で知られ、延べ四球団で監督を歴任し、南海、ヤクルト、阪神、シダックス、楽天の監督を歴任し、リーグ優勝を5度、日本一を3度経験した野球評論家の野村克也氏。プロ野球界のことについてはもちろん、最近では自身の体験を元にリーダーシップ論まで言及した『負けを生かす極意』(SBクリエイティブ)、『一流のリーダーになる 野村の言葉』(新星出版社)などの著書も、精力的に執筆している。「野球に限らず、さまざまなビジネスシーンでも言えることだろうから、参考にすべきところがあれば、ぜひ現場で生かしてしてほしい」と話す野村氏の、長年の経験から学んだ人材育成のノウハウについて、余すことなく聞いてみた。


リーダーは自分自身を甘やかしてはいけない


 「組織はリーダーの力量以上に伸びない」。

 この言葉は組織論の原則であり、野村氏自身が自らに言い聞かせてきたことである。
 組織を伸ばそうとすれば、リーダー自らが成長していくしかない。感じる力を磨き、それをもとに考え、捕手として培った「観察力」「分析力」「洞察力」の向上に励む。
 ましてやプロの監督ともなれば、選手以上に厳しく己を律し、どんなときにおいても進歩しよう、向上しようという姿勢を見せなければならないというのだ。

 そのうえで野村氏は、リーダーがやってはならないことの一つに、

「失敗したときに言い訳をしたり、その責任を選手や部下に押しつけてしまうこと」

を挙げる。悲しいことに、現実にはこうしたリーダーが多いと、野村氏は自身の経験から嘆いている。
 自分自身を甘やかしているリーダーの下では、部下はリーダーと同じ性質の人間になっていくか、「この人についていっても、時間を浪費するだけだ」とあきらめ、去っていくかのどちらかしかない。

 そこで野村氏は、「監督たるもの、すべてにおいて選手に負けてはいけない」と、一切の満足や妥協、限定を排除し、新しい情報や知識を吸収して、ありとあらゆることのバージョンアップに努めたそうだ。
 春季キャンプ中のミーティングでは随所に新たに気づいたこと、考えたこと、仕入れたことを織り込み、バージョンアップしてきた。そうした姿勢は50代で就任したヤクルト時代、60代のときの阪神時代、70代のときの楽天時代と変わらず行っていた。

 だが、こうして自分を厳しく律していても、間違いを犯すことはある。人間である以上、仕方のないことかもしれないが、そんなときに野村氏は自分の非を皆の前で詫びていたという。

 この点について野村氏は、

「コーチや選手たちに対して厳しく接している以上、自分自身の失敗を棚に上げることはあってはならないことだ。失敗を認め、その原因を突き止めて反省し、次につなげることの大切さは、選手も監督も変わりはない。それがリーダーの力量を伸ばし、組織を成長させることにつながる」

と語っている。

 野球に限らずどんな仕事においても、人間がやる以上、ミスは必ず起きる。若い人であれ、経験豊富なベテランであれ、はたまた組織を束ねるトップでさえ、間違いがあるのはある意味仕方のないことかもしれないが、失敗を学びとって、次にどうつなげていくか。敗者になることを恐れずに、そこから学ぶという姿勢が大切だ。

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負けを生かす極意
野村 克也 著



野村 克也(のむら かつや)
1935年生まれ。京都府立峰山高校を卒業し、1954年にテスト生として南海ホークスに入団。3年目の1956年からレギュラーに定着すると、現役27年間にわたり球界を代表する捕手として活躍。歴代2位の通算657本塁打、戦後初の三冠王などその強打で数々の記録を打ち立て、 不動の正捕手として南海の黄金時代を支えた。「ささやき戦術」や投手のクイックモーションの導入など、駆け引きに優れ工夫を欠かさない野球スタイルは現在まで語り継がれる。また、70年の南海でのプレイングマネージャー就任以降、延べ四球団で監督を歴任。 他球団で挫折した選手を見事に立ち直らせ、チームの中心選手に育て上げる手腕は、「野村再生工場」と呼ばれ、 ヤクルトでは「ID野球」で黄金期を築き、楽天では球団初のクライマックスシリーズ出場を果たすなど輝かしい功績を残した。 インタビュー等でみせる独特の発言はボヤキ節と呼ばれ、 その言葉はノムラ語録として多くの書籍等で野球ファン以外にも広く親しまれている。 スーパースターであった王・長嶋と比較して、自らを「月見草」に例えた言葉は有名である。現在は野球解説者としても活躍。著書に『名将の条件』(SB新書)など多数ある。