スキルアップ
2017年6月12日
余計なモノを持たずに「ためない」ブッダの知恵
文・アルボムッレ・スマナサーラ
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モノが捨てられない現代人。しかし、「モノを捨てていっても、問題の解決にはならない」と語るのは、スリランカ上座仏教長老のアルボムッレ・スマナサーラさんです。シリーズ累計40万部超の『怒らないこと』の著者でもあり、最近『ためない生き方』(SB新書)を著したスマナサーラ長老に、「ためこみ」というやっかいな問題について語っていただきました。


ためこんだモノの奴隷となる現代人


 モノをためこむことはよくないことだ、とよくいわれます。無駄なモノを捨てたり、捨てずに残したモノをきれいに整理整頓して片づけたりすることは、日本社会では、美徳の一種となっているようです。

 たしかに、モノを多く抱え込むと、それが手かせ足かせとなって行動や考えを鈍らせ、ストレスの原因となって、果ては怒りや不安、嫉妬などの悪感情にさいなまれることになります。つまり、ためたものの奴隷になってしまうのです。

 ですから、さまざまなモノに囲まれて日々生活している現代人は、ついためこもうとする習慣を改め、手放す方法を考える必要があるといえるでしょう。

 ならば、なんでもかんでも捨ててしまえばそれで済むのかというと、決してそんなわけではありません。「ためこみ」をやめて、モノをどんどん捨てて行っても、必ずしも問題の解決にはならないのです。なぜなら、「ためこみ」も「捨てる」も、結局は、心の問題に帰着するからです。

 ここでは、「ためこみ」をやめ、すべてを捨てて山奥に入った、あるインドの修行者に関する物語から、「ためこみ」と「捨てる」の問題の本質に迫ってみましょう。

全財産を捨てて山に入った修行者の話


 昔々、ある人が、「心が汚れてしまうから、家も財産もいらない。心を清らかにしようとする人間にとって、そういうものは迷惑だ」と言って、すべてを捨てて山奥の森の中に入ってしまいました。

 でも、その人はひとつだけモノを持って行きました。それは何かというと、腰に巻く布です。今の寸法でいえば1メートルぐらいの長さの布をひときれ腰に巻いて、森に入ったのです。それ以外には何も身にまとっていません。草履も履かずに裸足です。

 腰巻1枚になったその人は森の中で一生懸命修行に励みます。

 でも毎日露天で寝るというわけにはいかず、あちこちから枝や葉っぱを拾ってきて、それで小さな家をつくり、そこで寝起きしていました。
 ところが、ある日、朝起きてみたら、腰巻の布に、何かに噛まれたような穴ができているのに気がつきました。
 次の日も、起きてみたら、また穴ができています。

「あれ、どうしてだろう?」と家の中を見たら、ネズミを見つけました。

 ネズミが家に入り込んで、布をかじっていたのです。
 修行者は思いました。

「これはたいへんだ!」

 布はこれ1枚きりしかないので、もしこれが穴だらけになって身につけられなくなったら、裸でいるしかなくなってしまうからです。

 そこで「どうしよう?」と考えたとき、思いついたのは、猫です。

 家の中に猫がいれば、ネズミは猫が怖いので、寄ってこない。
 そこで修行者はいったん森を出て、村に行って猫を1匹拾い、また森に戻りました。
 こうして、猫のおかげで、ネズミは寄り付かなくなりました。

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ためない生き方
アルボムッレ・スマナサーラ 著



アルボムッレ・スマナサーラ
スリランカ上座仏教(テーラワーダ仏教)長老。1945年4月、スリランカ生まれ。スリランカ仏教界長老。13歳で出家得度。国立ケラニヤ大学で仏教哲学の教鞭をとる。1980年に来日。駒澤大学大学院博士課程を経て、現在は日本テーラワーダ仏教協会で初期仏教の伝道と瞑想指導に従事しながら、メディア出演や全国での講演活動を続けている。シリーズ累計40万部超の『怒らないこと』(サンガ新書)をはじめ、100冊近い著書がある。