特集
2018年1月11日
佐藤優が、人気コミック『キングダム』から盗んだ"処世術"とは?
「武器を磨け 弱者の戦略教科書『キングダム』」より
  • はてなブックマークに追加

先が見えない怖さ


 『キングダム』を春秋戦国時代の活劇だととらえるか、本質的には現代日本を取り巻く状況と酷似しているととらえるかで、その人の生き方が大きく変わってくる。

 それは言い過ぎじゃないのかと思う人は、物事の視座をもう少し引きあげてみる必要がある。『キングダム』のような作品が支持される(それも30~40代のビジネスパーソンが多い)のはなぜなのか。目的論と合わせて俯瞰するように考えてみるといい。

 主人公の信と、後の始皇帝となる政の影武者として命を落とした漂。この二人はともに孤児でありながら、大将軍を目指し中華統一のために働くという野心を冒頭から明らかにしているが、彼らには何の後ろ盾もなかったわけである。先なんて全く見えない。彼らが志を成し遂げるには「戦い続ける」という道しかない。それでも彼らはダメだったらまたやり直せばいいというような考えは微塵も持たず、目的論的に生きようとしている。

 現代の人たちが『キングダム』に共感するのは、心の奥底では本来、目的論的に生きたいのにそれができていないということの裏返しともいえるかもしれない。

 走り始めたら途中で逃げることを許されない終わりなき戦いを強いられているのは、ビジネスパーソンも同じだろう。現代の私たちも、この先どうなるのかまるで展望が開けない「先が見えない怖さ」と「50歳になっても同じことをやっているんじゃないか」という「先が見える怖さ」に付きまとわれている。現代の人たちが共感する要素はそうしたところにもあるだろう。

 現代は、すでに日常が戦場ともいえる。隣国からのミサイルに不気味なJアラートが鳴り響く現実。映画やアニメみたいにヒーローがある日現れて救ってくれるわけでもない。  現実は戦場よりもある意味で過酷。戦場では少なくとも作戦や武器が支給される。ところが私たちの面倒な現実という戦いでは自分の力しか頼れない。

 だからこそ「自分の腕」と「友達」だけを頼りに自分の運命を切り開く『キングダム』の登場人物が魅力的に映る。彼らは現代の私たちに「目的」を持つことの影響力の大きさ、その目的をかなえるために自らの力をつけ、本当に信用できる友達を見つけ、人間関係を見抜いて生きることを教えてくれているのである。

──『武器を磨け』(SB新書)では、実際のコミックのシーンを多数掲載しながら、佐藤 優氏が、現代人に向けた超・実践的処世訓を語っている。佐藤優氏と人気コミック『キングダム』の異色のコラボは一読の価値ありだ。

(了)


武器を磨け
弱者の戦略教科書『キングダム』
佐藤 優 著/原 泰久 原作



佐藤 優(さとう まさる)
作家、元外務省主任分析官。1960年、東京都生まれ。1985年に同志社大学大学院神学研究科修了後、外務省入省。在英国日本国大使館、在ロシ ア連邦日本国大使館に勤務した後、本省国際情報局分析第一課において、主任分析官として対ロシア外交の最前線で活躍。2002年、背任と偽計業務妨害容疑で東京地検特捜部に逮捕され、2005年に執行猶予付き有罪判決を受ける。2009年に最高裁で有罪が確定し、外務省を失職。2005年に発表した『国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて』で第59回毎日出版文化賞特別賞受賞。2006年に『自壊する帝国』で第5回新潮ドキュメント賞、第38回大宅壮一
ノンフィクション賞受賞。『獄中記』『交渉術』『外務省に告ぐ』『国家の「罪と罰」』など著書多数。

原泰久(はら やすひさ)
佐賀県出身。2003年、第23回MANGAグランプリにて読切『覇と仙』が奨励賞受賞。2006年、週刊「ヤングジャンプ」9号から『キングダム』を連載開始。2012年にはNHKでTVアニメ化、2013年には第17回手塚治虫文化賞マンガ大賞を受賞した。デビュー前の職業はシステムエンジニア。
  • はてなブックマークに追加