ビジネス
2015年11月11日
計画発足から13年、ついに初飛行を迎えた「MRJ」が注目される理由とは?
文・杉山勝彦
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ついに初飛行を迎えた国産旅客機「MRJ」(三菱リージョナルジェット)。なぜ、MRJがこれだけ日本の注目を集めているのか。MRJをウォッチし、航空機産業を支えるメーカーの現場を丹念に見てきた杉山勝彦が、その理由を解説します。


日本の航空機産業において永遠に記憶される日


日本の技術の粋がつまった国産旅客機、MRJ(三菱リージョナルジェット)

 2015年11月11日。
 この年月は、日本の航空機産業において永遠に記憶されることになろう。
 三菱航空機の国産ジェット機、「MRJ」(Mitsubishi Regional Jet)がいよいよ初飛行の時を迎えた。
 2002年の基本構想から数えれば、実に13年。2008年3月のローンチ(事業の正式な開始宣言)から数えても、7年の時を経ての初飛行である。2009年の段階で初飛行は2012年とされていたので、計画はずいぶん遅れたことになるが、ビジネスとして見るとMRJは順調な滑り出しをみせている。

 2015年11月時点で、MRJの受注機数は、オプション(覚書)を含めるとすでに400機を超えている。MRJは、ローカル路線を飛ぶ「リージョナルジェット」に分類されるジェット機だが、ローンチからの受注は好調で、すでに実績のあるライバル機と遜色がない。

MRJとライバル機のローンチ後の累計受注機数の推移

 MRJを皮切りに、日本の航空機産業は大きく成長すると期待されている。小型ビジネスジェット機の分野では、本田技研工業の6人乗りビジネスジェット「ホンダジェット」が2003年に初飛行を行っており、2015年中には運用が開始される予定だ。ホンダジェットは機体だけでなくエンジンも自社製という世界でも珍しい航空機である。
 自衛隊機を民間機に転用しようという思い切った構想も進行している。かつて名戦闘機「紫電改」を生み出した新明和工業が開発した救難飛行艇「US‐2」は、その性能の高さからインドなどアジア諸国から注目され、輸出商談が進んでいる。
 また、川崎重工業は、自衛隊の固定翼哨戒機「P‐1」と中型戦術輸送機「C‐2」を それぞれ民間機として売り出す計画だ。

MRJは日本の製造業復活の起爆剤になりうる


 これまで日本の製造業は、エレクトロニクスと自動車という2つの高度加工産業を頂点とするピラミッド型の産業構造を形成してきた。
 しかし、ご存じのとおり、日本のエレクトロニクス産業は苦境のただ中にある。パナソニック、ソニー、シャープといった総合家電メーカーは何期にも渡って赤字を垂れ流し、リストラや事業転換による再建途上だ。かつて世界市場に君臨した半導体の大手メーカーは統合を繰り返したあげく、2013年にはエルピーダメモリが会社更生法を申請、ルネサス エレクトロニクスが国や主取引先の自動車メーカーから支援を受ける羽目に陥っている。

 また、自動車業界については、トヨタが2014年度に最高益を出すなど、好調が続いている。ただし今後のボリュームゾーンとして需要の中心になる新興国での販売や、電気自動車、燃料電池車といった次世代自動車において、このままの好調を維持できるかどうかは予断を許さない。
 こうした製造業において、新しい柱になる可能性を秘めた分野が、航空機産業だ。  日本の航空機産業は、敗戦による破壊と、戦後の「空白の7年間」により世界に出遅れた。しかし、防衛庁(現 防衛省)向け航空機のライセンス生産をテコに復活の道を辿り、近年はボーイングなど世界の大手航空機メーカー向け民間機の機体部材・部品の生産、エンジン部品の生産が急成長している。2013年時点における、航空機関連の国内生産規模は1.4兆円、10年後の2023年には2.4兆円になると予測される。

 60兆円の自動車関連産業から見れば、1.4兆円の航空機産業はとるに足らない規模にみえる。しかし、航空機産業は他産業に比べて相対的に付加価値が高く、技術波及効果が極めて大きい。MRJに代表される国産のジェット機開発の盛り上がりは、そのまま製造業全体の活性化につながる可能性が高いのである。
 MRJはいったいどのような意味を持つ航空機であるだろうか。

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日本のものづくりはMRJでよみがえる!
杉山勝彦 著



杉山勝彦(すぎやまかつひこ)
東京都生まれ。企業信用調査、市場調査を経験した後、証券アナリストに転身。以降ハイテクアナリストとして外資系、国内系証券会社を経験し、ほぼ製造業全般をカバー。この間、96年に株式会社武蔵情報開発を設立して中小企業支援の道に入り、長野県テクノ財団主宰の金属加工技術研究会の座長を務める。現在は証券アナリストとして取材、講演活動に従事する傍ら、80年代前半のNY駐在時代に嫌というほど飛行機に乗った経験から研究を始めた航空機産業に対する知識を生かし、中小企業支援NPO法人「大田ビジネス創造協議会(OBK)」をベースに、航空機部品を製造する中小企業の育成に取り組んでいる。