カルチャー
2017年7月18日
養老孟司×名越康文「《話せばわかる》は大ウソです。」
『「他人」の壁』より
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お互いがわからないのは前提が違うから


 結局、相手の全部をわかろうとしたがる、あるいは全部を理解できると思ってしまうがゆえに、悩んでしまう私たちの問題に行きつくわけだが、はじめから「わからないもの」だと思えば、人間関係はかなり楽になるだろう。

 相手のことがわからない理由について、前提の違いという観点から、次のように語っている。

養老:「わかる方法」じゃなくて「わからない理由」を先に言ってしまうと、多くは前提が違うからです。前提が違う人に、いくら言葉を投げても、相手に刺さるはずがない。人は前提の違う話をされると錯乱するんですよ。猫が苦手な人に、猫のおもしろさを延々と語っても永遠に伝わらない。なんでこの人、せっかくこんなに話をしているのに、言葉を尽くしているのに、反応が薄いんだろう、こっちの言っていることが心に刺さらないんだろうって。当たり前なんです。猫に関する前提が根本から違うんだから。(中略)

名越:お互いの前提が違うということを確認しないまま、論争の部分だけでやりあっても、10年議論してもほとんど一致しない。

(『「他人」の壁』より)

 話がかみ合わないことは日常よくあることだが、その多くは、前提の違いにある。違うという認識がないままいくら議論を重ねても、10年、20年経っても理解できなのは必定だ。

 一方で、この程度なら通じるはずだという前提でつい話をしがちである。「通じるはず」と思っていたら、結局相手は何も理解していなく、がっかりさせられたり、ときに怒りを覚えたりすることすらある。「通じるはず」というのは実は思い込みであり、このことをわかっていないがゆえに、大きな悲劇を招いた経験は誰にでもあるだろう。

「通じるはず」は思い込みだ


 「前提」というのは氷山にたとえて言うなら、水面下にあたる部分であり、お互いその部分は見えていない。「通じるはず」という錯覚が生まれる原因について、氷山を例に次のように語っている。

養老:要するに、(中略)意識の一番上のほうに出た上澄みの部分だけで議論をやっているわけだから、その下に隠れている前提となる部分というのは、実はお互いにわからないんです。ところが、上の部分だけ見ているから、「通じるはずだ」と思ってしまっている。

名越:氷山の一角同士でやりとりし合っていれば、通じ合うはずがない。それなのに通じ合わないから「あれ、なんでだ」となる。これはものすごく大きな壁ですよね。

養老:そうでしょう。てっぺんの針先だけ合わせようとしているんだから、針先なんてなかなか合わない。なのに、お互いが針先ごときしかわかっていないという自覚がないから、自分はぜんぶわかっていると思っている。

名越:意識されていない広大な前提の部分が違っているのに、その前提が違うということを考えないで議論してもわかり合えるはずがないと。

(『「他人」の壁』より)

 前提が違うというのは、言葉の意味にも当てはまり、たとえば同じ「暑い」という言葉でも、大人と子供、都会の人と田舎の人とでは、意味が違ってくる。

 お二人は、前提というのは相手には見えないことであり、それはなかなか理解できないということに早く気づくことが大事であると語っている。

 SB新書『「他人」の壁』では、ほかにも人生、死、宗教といったテーマから、AIや反グローバリズムといった時事的なテーマまで取り上げ、お二人のそれぞれの専門である唯脳論と仏教心理学に言及しながら、理解することの本質についてウィットに富んだ議論を進めている。

 読み進めれば、"自分"と"自分以外の存在"を正しく認識し、物事の本質を正しく捉えるためのヒントが得られるはずだ。

(了)
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「他人」の壁
養老 孟司・名越 康文 著



養老孟司(ようろう・たけし)
1937年、鎌倉市生まれ。東京大学医学部卒業後、解剖学教室に入る。1995年、東京大学医学部教授を退官し、同大学名誉教授に。1989年、『からだの見方』でサントリー学芸賞を受賞。1985年以来一般書を執筆し始め、『形を読む』『解剖学教室へようこそ』『日本人の身体観』などで人体をわかりやすく解説し、『唯脳論』『人間科学』『バカの壁』『養老訓』といった多数の著作では、「身体の喪失」から来る社会の変化について思索を続けている。

名越康文(なこし・やすふみ)
1960年、奈良県生まれ。精神科医。相愛大学、京都精華大学客員教授。専門は思春期精神医学、精神療法。近畿大学医学部卒業後、大阪府立中宮病院(現:大阪府立精神医療センター)にて、精神科救急病棟の設立、責任者を経て、1999年に同病院を退職。引き続き臨床に携わる一方で、テレビ・ラジオでコメンテーター、映画評論、漫画分析など様々な分野で活躍中。