カルチャー
2017年8月29日
大切な人の「死」・自分の「死」との向き合い方
文・鈴木 秀子(聖心会シスター)
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自分の「墓碑銘」を考えてみよう


 一時期、「エンディングノート」なるノートが発売され、一部で話題になりました。エンディングノートとは、その人の終末期や死後、家族が様々な判断や手続きを進める際に必要な情報を、書き留めておく備忘録的存在です(※遺言書のような法的な効力はありません)。

 しかし、死期を悟った人の中には「エンディングノートに書き込むことさえできない」という人が珍しくありません。「頭がテキパキと働かない」「考えるだけでも気が滅入る」というのがその理由です。

「エンディングノートすら書けない私は、いったいどうすればよいのでしょうか?」。

 このように「落ち込んでしまう」という相談を受けたこともあります。そんな時、私はこう答えるようにしています。「それでは、エンディングノートはさておき、あなたの墓碑銘を想像して、楽しんでみませんか? わずか1行でもよいので、頭もさほど疲れませんよ」

 「墓碑銘」とは、埋葬された人を示す文をお墓に刻んだもの。主に欧米のものを中心に、格言のような墓碑銘がよく知られています。

 一般的に墓碑銘とは、「本人の死後に周囲の人たちが墓石に刻んでくれること」になっています。それを「自分で考えてみる」というのはある意味、とても愉快なこと。過去の思い出を整理したり、自分の人生をまとめたり、これからの指針を見直したり、行動を改善したりすることにも役立ちます。

 ただ、実際にやってみるとわかりますが、墓碑銘はとても短い文章であるのに、出だしで手が止まってしまうことがあります。なぜなら、本人の「人となり」に焦点が当てられることになるからです。

 墓碑銘には、履歴書のように出身校や経歴、実績、歴任した役職など社会的な評価が大きく書かれるわけではありません。「○○大学○○学部卒」「○○商社専務取締役」「○年連続社内売上1位の営業マン」「株式会社○○創業者」「○○賞受賞の名研究者」「生涯で○万人の手術に成功した天才外科医」「年商○億円の女社長」......。このような肩書は、墓碑銘づくりには邪魔な存在となってしまいます。

 どんなに社会的評価が高い人であったとしても、経歴に着目した墓碑銘を書かれるよりも、「優しい心を持った人、ここに眠る」などと一言書かれたほうが嬉しくはないでしょうか。

 墓碑銘づくりの効用は、社会的な肩書にとらわれることがなくなり、見栄を張らなくなることです。

 贅沢な暮らしから興味がなくなり、つましくても温かい生活を送りたくなる。そんなメリットもあります。自分を客観的に見つめ直す作業を重ねることで、新たな発見も期待できます。

 また「死」へのネガティブな執着が取り払われるので、よい意味でのあきらめ、"聖なるあきらめ"が心の奥底から湧いてくることにもなります。

 さらに、健やかな時に行うことで、いつか必ず訪れる「死」を意識することにもなり、「生」を充実させていくことにもつながるでしょう。「手持ちの時間を有効に使おう」という気持ちになるため、どのような境遇にある人にもおすすめしたいレッスンです。

──鈴木 秀子さんは、近著『死は人生で最も大切なことを教えてくれる』の中で、ここで紹介した方法のほかにも、「死とのよりよい向き合い方」と「そのときに死が教えてくれること」を、実際にあったエピソードを交えながらやさしく語っている。

(了)


死は人生で最も大切なことを教えてくれる
鈴木 秀子 著



鈴木 秀子(すずき・ひでこ)
聖心会シスター/文学博士。東京大学大学院人文科学研究科博士課程修了。文学博士。 フランス、イタリアに留学。スタンフォード大学で教鞭をとる。聖心女子大学教授(日本近代文学)を経て、国際コミュニオン学会名誉会長。聖心女子大学キリスト教文化研究所研究員・聖心会会員。長年にわたり、全国および海外で講演活動を行い、多くの相談を受けてきた。特に、死が近づく人やその関係者からの相談が非常に多い。世界中の病院をめぐり、東日本大震災の被災地巡りを頻繁に行っていることや、自身が臨死体験をしたことが関係している。著書に44万部突破の『9つの性格 エニアグラムで見つかる「本当の自分」と最良の人間関係』(PHP研究所)のほか、『死は人生で最も大切なことを教えてくれる』(SBクリエイティブ)、『死にゆく者からの言葉』(文藝春秋)などがある。
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