カルチャー
2015年4月2日
クラシック音楽のトリセツ
文・飯尾洋一
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いま大人の教養として再び注目を集めるクラシック音楽。音楽ジャーナリスト・飯尾洋一が、「とっつきにくい」「面白さがわからない」「コンサート代が高い」といったクラシック音楽へのよくある誤解や、クラシックの魅力を解説したSB新書『クラシック音楽のトリセツ』の刊行を記念して、クラシック音楽のコンサートの楽しみ方をお伝えしましょう。


オーケストラを「格」で聴かない


 昔から、オーストリアのウィーン・フィルハーモニー管弦楽団と、ドイツのベルリン・フィルハーモニー管弦楽団がよく「世界の二大オーケストラ」として挙げられます。近年であれば、これにオランダのロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団を加える方もいらっしゃるかもしれません。

 オーケストラには格付けがあるように見えます。ウィーン・フィルとベルリン・フィルは伝統的に世界でもっとも人気のあるオーケストラであり続けています。集客力がありますし、予算の規模も大きい。お客さんをどれだけ呼べるか、どれだけ世界的に著名な指揮者やソリストを招くことができるか、楽員のサラリーなど、オーケストラはさまざまな要素によって格付けされているようです。

 しかし、ひとつ強調しておきたいのですが、人気のある有名なオーケストラでなければいい演奏を聴けないのかというと、そんなことはありません。実際にコンサートに足を運んだときに、どれだけその公演に満足し、感動を得られるかというのは、「格」で決まるものではないのです。

 ウィーン・フィルやベルリン・フィルは、人気もさることながら、技術水準も表現力も恐ろしく高いでしょう。演奏のクォリティが大切なのはまちがいありませんが、それで自分自身がどれだけ満足できるかはまた別の話です。

 技術はコンサートの魅力を形作る、いくつもある要素のひとつにすぎません。

 指揮者とオーケストラの共感度も公演ごとに違います。オーケストラが目指すサウンドもそれぞれちがいます。演奏者の覇気や、気力の充実度といったものも確実に音に表れてきます。やはり生身の人間がすることですから、そういったエモーショルな部分もコンサートの性格を大きく左右します。

 ウィーン・フィルだっていつでもパーフェクトではありません。高額なチケット代金を払った来日公演よりも、地元のオーケストラのコンサートのほうが満足度が高かった、などということはぜんぜん珍しいことではないのです。

 これはサッカーの試合でも同じようなことを感じます。サッカーは技術が高い選手がそろっていたほうがいいに決まっています。だからといってバルセロナやマンチェスター・ユナイテッドの試合がいつもおもしろいかといえば、退屈な試合もある。

 日本の3部リーグの試合のほうが、観戦していて心を打たれるということだってあります。その試合がプレーしている当人たちにとってどれだけ重要な試合なのか、あるいは観ている自分がどれだけ共感できるかといった要素のほうが、見る人の満足度を左右するように感じます。

 オーケストラの公演に限ったことではありませんが、その公演をどれだけ楽しめるのかは、演奏者のランクで決まるものではありませんし、事前に予測がつくものではありません。生のコンサートではなにが起きるか(あるいは起きないのか)、わからないのです。

コンサートの選び方。コンサートに通うという考え方


 クラシックのコンサートは全国で1年に1万件以上、開催されています。

 首都圏ですと、毎日多い日で数十件、少ない日で数件の公演が開かれているといったイメージです。そこにはオーケストラから室内楽、ピアノやヴァイオリンのリサイタルまで、いろいろな種類の公演が含まれています。

 そのなかからどのコンサートを選ぶか。最初は難しいかもしれません。

 もちろん、お気に入りの作曲家やオーケストラ、演奏家がいれば、それを目当てに聴きに行くのが一番です。しかし、もし右も左もわからない、なにか足がかりが欲しいということであれば、コンサートホールから入っていくという考え方もあります。

 自宅や職場から足を運びやすい場所にあるホールの公演スケジュールを見てみる。近場にお気に入りの場所を見つけようという考え方です。中小規模の都市の場合は、そもそもコンサートを開催できるホールが限られていますから、それらのホールの年間スケジュールがそのまま地元の音楽シーズンに直結するという場合も少なくないでしょう。

 もし地元にプロのオーケストラがあるのなら、そのオーケストラの年間スケジュールを見ることをおすすめします。オーケストラのよいところは、1年間にわたってコンサートのシーズンがあること。つまり「定期演奏会」や「名曲シリーズ」といったかたちで、ほぼ毎月1公演ずつを聴くことができます。シーズンを通して定期的に公演に通うことによって、さまざまな指揮者やプログラムを聴けば、より楽しみを深めることができるでしょう。

オーケストラは定期演奏会を軸に活動している


 シーズンの開幕は欧米の団体のように9月の楽団もあれば、日本風に4月の楽団もあります。おおむね夏はシーズンオフ。シーズンチケット(通し券)を買ってもいいですし、興味のある回だけを個別に購入してもかまいません。

 なかでも定期演奏会(定期公演)は、どのオーケストラにとっても一番大事な、自分たちが主催するコンサートです。リハーサルもみっちりして最高の演奏を聴かせる、そのオーケストラの実力が存分に発揮される公演といえます。公演数は各オーケストラによってまちまちで、定期演奏会は月に1公演だけというオーケストラもあれば、NHK交響楽団のように月に6公演も開くオーケストラもあります。

 たとえば、N響の定期公演は、毎月A、B、Cという3種類のプログラムがあり、それぞれのプログラムが同一内容で2公演ずつ開かれます。つまり3プログラム×各2公演で計6公演。3月、7月、8月は定期公演がありませんので、1年に27種類のプログラム、計54公演が開かれるということになります。これだけの数の公演を定期的に開催できるということは、それだけお客さんの数が多いということでもあります。

 N響は3種類のプログラムのうち2種類をキャパシティ約3600席のNHKホールで、残りの1種類を約2000席のサントリーホールで開催しています。お客さんはよく入っています。大変な集客力ですよね。

 このように各オーケストラは定期演奏会を軸に活動しているわけですが、それと並行して、さまざまな種類の公演に出演しています。オーケストラによっては、定期演奏会とは別に「名曲シリーズ」のような、有名曲を中心としたシリーズを設けているところもありますし、ツアーに出て本拠地以外の都市で公演を開くこともあります。たとえば東京交響楽団は新潟定期として、年に数回、りゅーとぴあ(新潟市民芸術文化会館)で公演を開いています。地元にオーケストラがない場合でも、他の都市のオーケストラがやってきて公演を開くこともあるのです。

(了)


クラシック音楽のトリセツ
飯尾洋一 著



飯尾洋一(いいおよういち)
1965年、金沢市生まれ。音楽ジャーナリスト。名古屋大学理学部物理学科卒業後、音楽之友社にて月刊誌『レコード芸術』『音楽の友』および書籍の編集などに携わる。現在は、クラシック音楽についての雑誌、放送、コンサートプログラムの執筆など、幅広く活躍。著書に『クラシックBOOK この一冊で読んで聴いて10倍楽しめる! 』『クラシックの王様ベスト100曲』(ともに三笠書房)、『R40のクラシック 作曲家はアラフォー時代をどう生き、どんな名曲を残したか』(廣済堂新書)など。クラシック音楽サイト「CLASSICA」を主宰。
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