スキルアップ
2015年6月2日
なぜ「菜根譚」は経営者の必読書なのか
文・守屋 洋
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「まず力を蓄える」


伏すこと久しきは、飛ぶこと必ず高く、開くこと先なるは、謝すること独り早し。
これを知らば、以って蹭蹬の憂いを免るべく、以って躁急の念を消すべし

「長いあいだうずくまって力を蓄えていた鳥は、いったん飛び立てば、必ず高く舞い上がる。他に先がけて開いた花は、散るのもまた早い。
この道理さえわきまえていれば、途中でへたばる心配もないし、功をあせっていらいらすることもない」


「蹭蹬」とは、歩き疲れること、「躁急」とは、あせっていらいらすること。

 言うまでもありませんが、これは、今恵まれない状態にあって、苦労している人を励ましている言葉です。とくに、二十代、三十代の若い皆さんに聞いてほしい言葉です。

 思うに、人生のスタートは人さまざまです。生まれつき、家柄や資産、才能や背景に恵まれて、それほど苦労もせずに、若いときから有名になったり、しかるべき地位に就いたりする人々がいます。そうかと思うと、苦労ばかりで、なかなか浮上できなくて苦しんでいる人も多い。しかし、人生をトータルで眺めてみますと、果たしてどちらが幸せなのか、にわかには判断がつきません。

 昔、中国の哲人が「三不幸」の説というのを唱えています。人生には三つの不幸があるというのです。

 第一は、若くして科挙の試験に合格すること。
 第二は、親の七光に恵まれて、高い地位に就くこと。
 第三は、才能に恵まれて、早くから文名を馳せること。

い ずれもこんな結構なことはないように思われます。科挙に合格しますと、高級官僚として将来の出世が約束されたようなものですし、七光であろうとなんであろうと、いい地位に就いたり有名になったりするのは悪いことではありません。

 しかし、長い目でみると、さてどうでしょうか。

 まず、こういう人たちというのは下積みの苦労を知らないし、人間を見る目もできていません。それに、若いときから、周りにちやほやされる立場にいますから、ますます人間がおかしくなっていきます。順風に恵まれているときはいいのですが、いったん風向きが変わると、意外な脆さをさらけ出すのではないでしょうか。

若いときから恵まれすぎた人生を送るのは、かえって不幸だという説には、それなりの説得力があるように思われます。

 これまた言うまでもないことですが、人間は苦労によって磨かれていくのです。大きくはばたいた先人たちは、皆、大変な苦労を経験し、その苦労を糧にして自分を磨いていったのです。苦労から逃げて、楽をしたがっていたのでは、大きな仕事を成し遂げることはできません。

 ただし、どうせ苦労するなら、明るくさわやかに。そして、その苦労を将来の飛躍に結びつけたいものです。

(了)


世界最高の処世術 菜根譚
守屋 洋 著



守屋 洋(もりや・ひろし)
昭和7年、宮城県生まれ。東京都立大学中国文学科修士課程修了。中国古典に精通する第一人者として、著述・講演などで活躍。研究のための学問ではなく、現代社会の中で中国古典の知恵がどう生かされているのかを語り、難解になりがちな中国古典を平易な語り口でわかりやすく説く。SBI大学院で経営者・リーダー向けに中国古典の講義を続けるなど、広く支持されている。 著書に、『菜根譚』 (PHP)、『孫子の兵法』 (三笠書房)、『中国古典「一日一話」』 ( 三笠書房)、『〈新訳〉菜根譚』 (PHP)、『孫子に学ぶ12章』 (角川マガジンズ)、『「貞観政要」のリ-ダ-学』 (プレジデント社)など多数。
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