カルチャー
2015年7月28日
なぜ、旅客機は高速で飛ぶ必要があるのか?
文・中村寛治
  • はてなブックマークに追加

「航空力学」という学問をご存じでしょうか。空を飛ぶことに関する基礎的な科学知識を応用して、航空機生産のための方法を研究する学問のことを「航空工学」と言います。航空工学では、安全に飛べる飛行機をつくるために、飛行機に働く空気の力、飛行機を推進させる装置、翼や飛行機のかたちとその材料、飛行を制御するしくみなどを研究します。この航空工学の中で、とくに飛行機に働く空気の力や大空を自由に飛ぶために必要な力の釣り合いなど、最も基礎的なことがらを研究する一部門が「航空力学」です。航空力学の具体的な内容には、「空気の性質」「飛行中の力の釣り合い」「推進装置の性能」「飛行機のかたち」「安定性や操縦性」「飛行性能」などが含まれています。この航空力学について、豊富な図を使ってイチからやさしく解説した『カラー図解でわかる航空力学「超」入門』(8月11日発売)の刊行を記念し、旅客機が高速で飛ぶ理由を、航空力学の視点から解説しましょう。


空を飛ぶときに働く4つの力とは?


空を飛ぶときの4つの力 ※クリックすると拡大

 木に実るリンゴと同様に、空中にいる飛行機にも常に重力が作用(力を及ぼすこと)しています。この関係は、地球と飛行機だけの問題であって、空気とはまったく関係ありません。重さ300トンの飛行機には、地上でも空中でも300トンの下向きの力が作用していると考えることができます。

 ということは、飛行機を空中に支えるために必要な上向きの力の大きさは、同じ300トン必要になります。この飛行機を空中に支え続けるために翼が発生する力を揚力と呼んでいます。ただし翼が300トンの揚力を発生させるためには、飛行機は毎秒100m以上の速度で飛ばなければなりません。

 乱暴にいえば、翼に毎秒100m以上の暴風を起こし、その空気の力を利用して揚力を得ているわけです。最大級の台風をも超える風速なので、300トンもの力を発揮するであろうと想像がつきます。

 翼に毎秒100m以上の空気の流れをつくるため、飛行機は前に進まなければなりません。その役割をするのが、進行方向とは逆に勢いよく空気を送り出すことで前に進む力、推力を発揮するプロペラやジェットエンジンです。これは風船が口から勢いよく空気を出して飛んでいるのと同じ原理で、じっとしていた空気に勢いをつけて後方に噴出することの反動で力を得ています。

 このように空中を速い速度で移動すると、空気から抵抗を受けます。この空気による抵抗力のことを抗力と呼んでおり、無視できない大きさなのです。そのため飛行機は、抗力をできるだけ小さくする工夫が必要です。これら重力、揚力、推力、抗力の4つの力関係は図のようになります。

翼と舵の役割は?


飛行機のかたち ※クリックすると拡大

 続いて、飛行機のかたちや3次元の方向をコントロールするそれぞれの舵の役割を簡単に確認しておきましょう。

 胴体、主翼、水平尾翼、垂直尾翼からなる飛行機のかたちが出現したのは、19世紀に入ってからです。そして飛行機を操縦するしくみは、20世紀初頭に世界初の動力飛行に成功したライト兄弟による翼をねじる方法(たわみ翼)から始まり、右図にあるような主翼、垂直尾翼、水平尾翼の各翼に取り付けた操縦翼面(動翼または舵面とも呼んでいます)へと発展を遂げています。

 主翼は飛行機の重さと同じ大きさの揚力を発生させること、そして風の急変でパイロットの意に反して左右に傾いた場合に自然と元の水平姿勢に戻るという安定性を高める役割もあります。また、縦や横方向の安定性のために必要な翼が、水平安定板、垂直安定板の別名を持つ水平尾翼と垂直尾翼です。

 主翼の左右にある補助翼(エルロン)は、たとえば左補助翼が下がると、連動して右補助翼が逆に上がることで左右の揚力のバランスを崩し、右に傾き右旋回する、という働きをします。方向舵(ラダー)は機首を左右に向ける役割、昇降舵(エレベーター)は機首を上下に向ける役割をしています。

 大型旅客機の主翼上に立ち上がるスポイラーは、揚力や飛行速度を減らす役割をする板です。フラップは、離着陸時のように速度が遅い場合でも飛行機を支える揚力を維持する装置で、高揚力装置とも呼ばれています。また主翼の前縁(前方のへり)にあるスラットは、フラップと連動して翼前に突き出て主翼との間に隙間をつくり、翼上面の空気の流れを誘導する役割があります。

飛行機のエンジンの役割は?


前に進む力 ※クリックすると拡大

 飛行機が速い速度で前に進むのは、目的地に速く到達することはもちろん、自分自身を空中に支え続けてくれる揚力を主翼に発生させるためでもあります。ここでは、飛行機にはどのようなエンジンがあるのか簡単に確認しておきましょう。

 まずプロペラを回すためのピストンエンジンは、往復運動を回転運動に変えるため装置が複雑で重く、また高度が高くなると出力が急激に低下してしまうという欠点があり、現在ではあまり旅客機には採用されていません。とはいえ、低い高度ほど燃費が良いこともあり、現在でも多くの小型機が採用しています。

 高々度での出力低下という欠点を補うべく開発されたのが、ピストンではなくガスタービンで回転させるターボプロップと呼ばれるエンジンです。このエンジンの利点は、小型軽量で大きな出力を得られることや、取り扱いが容易なことです。プロペラ機には飛行速度が速くなるとプロペラ効率が悪くなってしまう欠点がありますが、燃費が良い、短い滑走路で離着陸できるなどの利点があるので、多くの中型プロペラ機がこのターボプロップでプロペラを回して飛んでいます。

 プロペラ機の飛行速度の欠点を補うべく、ガスの噴射だけで推力を得るジェットエンジンが開発されました。その仲間であるターボジェットは、高速になるほど効率が良くなる性質があるので超音速飛行には適しているのですが、騒音が大きいことや燃費が悪いという欠点があります。そこで、比較的静かで燃費が良くなるように改良されたのが大きなファンが特徴のターボファンで、現在のジェットエンジンの主流となっています。

(了)


カラー図解でわかる航空力学「超」入門
飛行の原理に科学で迫る
中村寛治 著



【著者】中村寛治(なかむら かんじ)
航空解説者。神奈川県横浜市出身。早稲田大学卒。全日本空輸株式会社にて30数年間、ボーイング727、747の航空機関士として国内の主要都市、世界10カ国以上、20都市以上の路線に乗務。総飛行時間は14,807時間33分。現在は、エアラインでのフライト経験を生かし、実際に飛行機に乗務していた者から見た飛行機のしくみ、性能、運航などに関する解説や文筆活動を行っている。おもな著書は『カラー図解でわかる航空力学「超」入門』『カラー図解でわかるジェットエンジンの科学』『カラー図解でわかるジェット旅客機の操縦』『カラー図解でわかるジェット旅客機の秘密』(サイエンス・アイ新書)、『ジェット・エンジン(運用編)』『空を飛ぶはなし』(日本航空技術協会)などがある。
  • はてなブックマークに追加