カルチャー
2015年8月17日
新幹線700系の特異な先頭形状はいかにして生まれたのか――新幹線デザイン進化の系譜
[連載] 新幹線をデザインする仕事【2】
文・福田 哲夫
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一見特異な700系の先頭形状は組み合わせによるもの


 発想は、あるとき突然のようにひとつになることがある。それは何枚ものスケッチを重ねていくうちに、頭の中というより目の前のスケッチに触発され発想を繰り返すことで、これまで"暗黙知"として眠っていた記憶が次々に孵化し、新しい発想のスケッチとして鮮やかに蘇り、紙に描画されていく。

 特異なカタチと思われている700系の先頭形状は、実は300系の進化型であり造形のプロセスからいえば、くさび型と翼型との組み合わせにより構成されている。

 開発にあたっては、さまざまな条件の中でも、断面変化率と審美的造形との整合性が求められていた。ところが単純な砲弾型やくさび型の亜流では、運転室や出入り口の構成、あるいは台車カバーや救援連結器の収納などといったさまざまな要件を組み入れたカタチとして空力的要件を満たすのは不可能であった。

 そこで先頭形状へのさまざまな条件を満足させるのに役立ったのは、航空用語にあるエリアルールという設計概念であった。このことはすなわち機体胴部の長さ方向に対して主翼の付け根部分が組み合わされると断面積に急激な変化が起こる。この部分の機体胴部の断面積を逆に減らすことにより、滑らかな断面変化とし、結果として音速の壁を超えるに至る技術からヒントを得たものである。

 できてしまえばコロンブスの卵だ。イノベーションにつながる種を発見した瞬間であった。

カタチが横揺れを止める


 わたしたちデザインチームでは、航空機の後部安定翼と同じ概念で、空気を制御できるのではとの考えからスケッチを残していった。しかし、鉄道ではトンネルや地上設備などと干渉せず安全走行に必要な空間、すなわち車両限界内での設計が前提となる。航空機のように構体を超えて翼を付けるなどの形状は成り立たず、また客室も狭くすることは許されない。

 具体的には、先頭部を漢字の"凸型"断面として、積極的な流れをつくることで、動揺を抑えられないかなどいくつかの仮説を立てながら、スケッチや図面、あるいは簡易モデルなどを通して発想を練り上げていった。そしてあらかじめ設定されている解析値を前提に精度を高めながら、性能向上に結びつくまで評価のサイクルを繰り返し、カタチを吟味していった。
 デザインは、大胆な発想によるスタイリング作業であり、また同時にそのカタチを磨くための綿密な作業の繰返しでもあるわけだ。

 領域が異なるものの1985年のジャンボ機墜落事故については、モノづくりにかかわる者として当時強い衝撃を受けた。そしてその直後には"安定するカタチとは何か"と、自分自身への問いかけとして、いつもの引き出しにスケッチを残していた。

 航空機の動揺特性のことは知っていたが、この当時はまだ鉄道車両のデザインにかかわっていなかったために、それはまだつながっていない。その後、新幹線の開業以前の開発記録映像からは、高速走行時には蛇行動があることなどを知った。このことは700系の複合した有機的形態を発想するきっかけのひとつでもあり、暗黙知としての記憶がこのプロジェクトの命題に出合うことにより孵化するに至ったということである。

 横揺れについては、いわゆる流線形でも揺れがあることを、かつて存在した南満州鉄道のパシナ型「あじあ」号が活躍していた頃のプロモーション映像に行き着き、知ることとなる。後尾車の展望サロンで和装のご婦人たちが、紅茶などを飲んでいる場面から、当時の流線形状でも横揺れが激しかったことを知り、意外であった。

 1930年当時の機械黄金時代のアメリカで流行した流線形の写真集を観察してみる。
 当時、アメリカでは、航空機で運べる人数も少なく、鉄道による旅が主役であった。したがって大陸横断鉄道だけではなく、広大なアメリカでは都市間鉄道にも1泊や2泊の旅は日常的であり、寝台車やサロンカーなどが必須の、車両設備が充実していた時代であった。

 利用できるサービス設備としては、随所にバーコーナーをはじめラウンジやサロンなどが展望室とともに用意されている車両が多かった。そしてそれらの内装には、グラスなどが揺れて転倒しない工夫など、現代のプレジャーボートやヨットに通じる"しつらい"を見ることができた。「あじあ」号の映像と重ね合わせて考えてみると、単純な流線形では揺れが止まらない...という仮説につながっていくことになる。

※本連載内容については、拙著『新幹線をデザインする仕事――スケッチで語る仕事の流儀』(SBクリエイティブ刊)でもふれている。あわせてご一読いただければ幸いである。

(了)





新幹線をデザインする仕事
「スケッチ」で語る仕事の流儀
福田哲夫 著



【著者】福田哲夫(ふくだ・てつお)
インダストリアルデザイナー。1949年東京に生まれる。日産自動車のデザイナーを出発点として、独立後は公共交通機関や産業用機器を中心に、指輪から新幹線まで幅広い分野のデザインプロジェクトに携わる。特に新幹線車両では、トランスポーテーション機構(TDO)として300系、700系、N700系「のぞみ」をはじめ、400系「つばさ」、E2系「あさま」、E1系、E4系「MAX」の他数々の先行開発プロジェクトにも携わってきた。ビジネスやリゾート向けの特急車両、寝台車など鉄道車両の開発プロジェクトを評価され受賞多数。現在は産業技術大学院大学特任教授・名誉教授、京都精華大学客員教授、女子美術大学特別招聘講師ほか。(公財)日本デザイン振興会グッドデザイン・フェロー。共著に『プロダクトデザイン』日本インダストリアルデザイナー協会(JIDA)編(ワークスコーポレーション)。次世代を担う子どもたちへ"ものづくりの楽しさ"を伝えるワークショップ活動を通じて、未来への夢を一緒に描き語りかけている。
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