スキルアップ
2015年11月26日
パリ同時テロを招いた『移民政策』の失敗
文・茂木 誠
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広がる移民排斥と貧富の格差


 シリア内戦の激化にともない、ヨーロッパへの移民ルートがもう一本開かれました。シリア・トルコ・ギリシア・バルカン半島・東欧・ドイツ、というルートです。2015年以降、数十万人のシリア難民が押し寄せるようになり、通路となったハンガリー、セルビアなど東欧各国では、社会不安が広がっています。

 ISやアサド政権から迫害され、あるいは内戦で住む場所をなくした政治難民だけでなく、ドイツでの豊かな暮らしを求める経済難民(移民労働者)、ISのテロリストも混ざっていて選別ができない状態です。はじめは難民を歓迎するといっていたドイツのメルケル首相も、国境線の封鎖、パスポートチェックの復活に踏み切りました。東欧各国は国境にフェンスを建設して、移民の流入をストップしています。
 ただでさえヨーロッパは景気が悪いのに、次々と移民がやってくる。そうなると、いちばん困るのは、ヨーロッパの若者です。働きたくても移民に職を奪われて、働けない。貧富の差もどんどん広がっていく。

 こうした世論を背景に、各国で移民排斥を唱える右翼政党が躍進し、「移民を取り締まれ」という声が大きくなっていきました。フランスでは、国民戦線という移民排斥を唱える政党が大躍進し、ジャック・ルペン党首がフランス大統領選挙で2位になったこともあります。

 仕事もない、白人からは排斥される。自分の価値を見いだせない移民の若者たちが、ネットを通じてIS(イスラム国)の宣伝ビデオを見たとき、そこに「自分の居場所」を感じてしまう。ヨーロッパからISの戦闘員として参加する若者があとを絶たない背景には、移民問題がもたらしたヨーロッパ社会の閉塞感や貧富の差があるのです。

北アフリカにユーロが広がらないのはなぜか?


「ユーロは東に拡大したのに、どうして南には広がらないのか?」

 不思議に思いませんか。
 北アフリカのモロッコやアルジェリア、チュニジアといった国々はフランスの植民地だったわけですし、地理的にも近い。言葉だって通じる。北アフリカからの移民もたくさんヨーロッパに住んでいます。

 しかし、北アフリカにユーロが導入されることは絶対にありえません。
 なぜなら、フランスとアルジェリアでは文明や価値観がまったく違ううえに、経済格差が大きすぎるからです。

 日中関係を独仏関係にたとえる人がいます。フランスとドイツの歴史を振り返れば、何度も戦争をしているのに、今ではともにEUの一員として、仲良くできているように見える。同じように日本と中国も仲良くできるはずだという理屈です。鳩山由紀夫元首相のように、日韓中は一緒になって東アジア共同体を構築すべきだと主張する人もいます。

 しかし、これらの主張は間違いだと、私は思います。
 フランスとドイツの関係がうまくいっているのは、人口規模がほとんど同じで、経済格差がさほどないからです。中世にはフランク王国として同じ国だった記憶があって、宗教も同じキリスト教なので価値観も似ています。日本と中国は価値観を共有できるでしょうか。
 共通するのは漢字を使っていることだけで、文明も思想も異なります。古代から連綿と続く天皇家を宗教的権威として政教分離を確立した日本。野心家が武力によって王朝を建てては、前王朝を粛清する歴史を繰り返してきた中国。

 儒教や仏教は、古代中国から日本人が学んだ思想ですが、いまの中国に儒教や仏教の影響は残っていません。共産党政権下であらゆる宗教が弾圧され、特に1960年代の文化大革命によって伝統文化が破壊しつくされたからです。今の中国人には神も仏もなく、ただ個人主義と物欲があるだけです。

 また、中国が急激に経済発展してきたといっても、一人当たりの豊かさでは、日本と中国ではいまだに大きな格差があります。仮に、日本と中国が通貨統合し、パスポートなしで行き来できるようになったらどうなるでしょうか。
 上海の大卒の初任給は、約6万円。地方の中卒だと月給が3000円の世界です。

 そんな中国人がフリーパスで東京にやってくれば、3~4時間のアルバイトで彼らの1カ月分の給料を稼ぐことができるのです。
 多くの中国人が日本への出稼ぎを望むでしょう。仮に中国人の10%が日本に来たとしても、1億4000万人です。日本の人口を軽く超えてしまいますよね。

 そうなれば、日本人はたちまち職を失う結果となります。当然、中国系移民は参政権を要求するでしょうから、将来は中国系の日本国首相が生まれることになります。日中関係をヨーロッパでたとえれば、フランスとアルジェリアです。いくら近い国だといっても、文明も宗教も価値観もすべてが違います。経済格差も大きすぎます。

 経済統合や通貨統合の絶対条件は、同じ価値観をもっていること。そして、経済格差があまりないことです。これを無視すれば大混乱が起こることは、ヨーロッパの移民問題ですでに証明済みです。今でさえ大勢の不法移民が入ってきているのに、欧州と北アフリカを経済統合して国境という壁をなくしたら、それこそ収拾がつかなくなるでしょう。ヨーロッパの人たちは、地中海という防波堤をなんとしても死守したいと考えているのです。

 労働人口減少の解決策として日本でも取りざたされている「移民受け入れ」。机上の空論ではなく、ヨーロッパ諸国の苦い歴史に学ぶことで、冷静に未来を見通すことができると思います。

(了)


ニュースの"なぜ?"は世界史に学べ
日本人が知らない100の疑問
茂木 誠 著



茂木 誠 (もぎ まこと)
駿台予備学校世界史科講師。
東京出身。大学在学中から塾で教壇に立ち、気がつけば駿台の講師になる。
iPadを駆使した視覚的講義は、多くの受験生から、圧倒的支持を得ている。「受験生が単語の暗記に追われて、世界史の醍醐味を知らずに受験を終えてしまうのは残念。その責任は、大学入試にある」と語り、細かな知識の暗記ではなく、世界史の「構造」を掴むことをモットーとしている。学習参考書を手掛ける一方、『経済は世界史から学べ!』『世界史で学べ!地政学』など、ビジネスマン向けの世界史学び直しの書籍もベストセラーになる。
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