ビジネス
2016年7月21日
日本企業の「先送り」体質、そのルーツは旧・日本軍にあった
文・松本利秋(国際ジャーナリスト)
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「想定外」に全く対応できなかった旧・日本軍


 ではいったい「想定外」とはいかなる状況を指すのか。
 それは自らは全く当たり前のこととしている行為や思考が、現実の世界では異常であることに気づいていないがゆえに、当人にとっては当たり前の事象が「想定外」となってしまうことである。

 だからこそ、解決の糸口が見えず、従来通りの対処しかできず、大混乱に陥りながら、大失敗に繋がっていく...。その典型例が、かつて太平洋戦争で日本を破滅に導き、さらなる惨事を何の躊躇もなく惹き起こした大日本帝国陸海軍であった。失敗に遭遇しながら、ことの重大さに気が付かないのである。

 明治維新以降、日本が近代化する過程で最大の組織が軍組織である。日本軍は日清・日露の両戦争を戦い、勝利することで成長し、組織の内部を充実させてきた。明治5年の徴兵令施行以来、日本人は兵役に着くのを名誉のこととし、出征兵士は村中挙げて祝ってきた。

 だが、兵士が兵営に入るのは軍の動員計画と密接に関係してくる。従って、動員計画は秘密裏に立てられ密かに実行されるのが常識である。でなければ、戦争計画そのものが敵に筒抜けになってしまう。

 この極めて重大な秘密事項を日本ではこともあろうに「赤紙」と呼ばれる召集令状である葉書を役場の兵事係が各家庭に持参。さらには入営を祝う宴を張り、一族郎党や隣近所のものが集まって万歳を連呼し、召集兵を駅まで見送ったのである。

 このこと一つとっても日本のそれは、ドイツや当時の列強国とは相当ずれた戦争計画であったと言わざるを得ないだろう。日本人全員が赤紙は戦争計画を実行性のあるものに仕立て上げるためのものであり、鐘や太鼓で召集令状が来たことを触れ回ることは情報管理が全くできておらず、戦略的には大失敗を犯しているという認識が全くなかったのである。

 このような目的と手段に関する合理的な発想ができない国民気質の中では戦争のグランドデザインはおろか、情報の管理と利用、経済合理性を考えた戦争は始めから無理であった。

 このような条件下で近代戦を戦わざるを得なかったとしたら、精神主義に根拠を置いて作戦を練るしか手が無くなる。先の戦争の戦闘経過を振り返ると、繰り返し「想定外」の事態に突き当たり、思考停止状態に陥った日本軍が無為に人材を消耗していったことがわかる。

 それでもなお、組織温存を図ろうとし、「本土決戦」を強行しようとした無責任な軍の在り方と、それをかろうじて止めた昭和天皇の決断の意味を探っていくと、米英軍がいかに柔軟な発想で組織的に対抗してきたかが浮き彫りになってくる。

 同時にこの、日本軍は近代化以降、日清、日露と続く戦争に勝利した成功体験の中から日本人が創り上げて来た日本最大の組織体であり、その底流には日本人の思考パターンそのものがあることも見えてくる。

 その結果として、陸海軍の間には対話がなかったこと、適材適所の人事を行う機動性の無さと、無責任体制。そして閉鎖的な共同体組織であったことで、内部闘争が常在し、実戦知(リアリズムとそれを導く情報)に乏しく、高級参謀たちは「べき論」を基礎とした机上の空論に終始し、現状分析能力が欠如しており、変化に対応できなかったことなどの問題点を挙げることができる。



なぜ日本は同じ過ちを繰り返すのか
太平洋戦争に学ぶ失敗の本質
松本 利秋 著



松本 利秋(まつもと としあき)
1947年高知県安芸郡生まれ。1971年明治大学政治経済学部政治学科卒業。国士舘大学大学院政治学研究科修士課程修了。政治学修士。国士舘大学政経学部政治学科講師。ジャーナリストとしてアメリカ、アフガニスタン、パキスタン、エジプト、カンボジア、ラオス、北方領土などの紛争地帯を取材。TV、新聞、雑誌のコメンテイター、各種企業、省庁などで講演。著書に『戦争民営化』(祥伝社)、『国際テロファイル』(かや書房)、『「極東危機」の最前線』(廣済堂出版)、『軍事同盟・日米安保条約』(クレスト社)、『熱風アジア戦機の最前線』(司書房)、『「逆さ地図」で読み解く世界情勢の本質』『日本人だけが知らない「終戦」の真実』(小社刊)など多数。
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