カルチャー
2016年9月28日
物づくり、工学的視点から見た「日本刀」のスゴさ
文・臺丸谷 政志
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武器としての"機能美"


――日本刀は本来、「武器」ですよね?
 現在、日本刀は美術工芸品として、主に鑑賞の対象になっていますが、いうまでもなく本来は日本固有の武器です。日本刀の出現は平安中期といわれ、その製作技術は1000年におよぶ長い伝統をもち、鎬造り(しのぎづくり)の彎刀(わんとう)に代表されるように独自の形態と機能を備えた、我が国特有の武器です。

 日本刀は武器ですが、その機能美も重要視され、時代とともにその社会的存在の意味も変遷してきました。江戸期には武器としての存在のみならず、社会的地位や身分を表す象徴的存在となり、一方で「武士の魂」「精神的な拠り所」といわれるように神聖視もされました。

――確かに素人でも日本刀を美しく感じます。
 日本刀の機能美は、武器としての機能を追求した極致であり、高い伝統技術にもとづく、我が国における最も優れた鋼(はがね)の美術工芸品に昇華されています。日本刀の機能美と武器としての科学的合理性は表裏一体です。

――具体的にいうと?
 たとえば、「焼入れ」は、日本刀に命を吹き込むともいうべき作刀の要(かなめ)です。焼き入れによって「反り(そり)」と「刃文(はもん)」が同時に生じ、それらは日本刀の美しさの特徴になっています。しかし、焼入れの本来の目的は「武器として強靭で、切れ味の鋭い日本刀の製作」です。

図2●写真:堀井胤匡刀匠

 図2の太刀には、茎(なかご)から区(まち)付近で大きく反っている「腰反り」と呼ばれる反りが見られます。茎(なかご)や区(まち)の近くの腰の部分は別としても、刀身の中央付近から鋒(きっさき)にかけての一様な曲率の反りは、焼き入れによって生じたものです。なお、写真の左側の柄(つか)が装着される部位を茎といい、鐔が取り付けられる茎と刀身との境界部分を区といいます。

――なぜこの写真(図2)では、刃が上を向いていたり、下を向いていたりするのですか?
 太刀は「佩刀(はいとう)」といって「刃が下を向く」ように腰に吊るします。打刀や脇差は「刃が上を向く」ように帯に差します。これは「帯刀(たいとう)」といいます。写真は上から短刀・脇差・太刀を展示した写真ですが、博物館などでも、ちょうど佩刀・帯刀したときと同じ姿で展示されています。太刀は刃が下を向くように、刀・脇差・短刀は刃が上を向くようになっているのです。



日本刀の科学
武器としての合理性と機能美に科学で迫る
臺丸谷 政志 著



臺丸谷 政志(だいまるや まさし)
1945年、北海道生まれ。室蘭工業大学名誉教授。1968年、室蘭工業大学工学部機械工学科卒。1970年、室蘭工業大学大学院工学研究科機械工学専攻修了。1980年、工学博士(北海道大学)。1987~2011年、室蘭工業大学工学部教授。著書は『基礎から学ぶ材料力学』(森北出版社、2004年)など。衝撃工学、熱応力および日本刀に関する研究論文が多数。室蘭工業大学と室蘭民報社が共催する公開講座「日本刀の科学」で講師を務める。
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