スキルアップ
2017年2月10日
数学が苦手な人ほど「物理」と「数学」をいっしょに学ぶべき理由
文・永野 裕之
「物理数学」を学ぶと、モデル化の訓練ができる
その昔、古代ギリシャのアリストテレスは「重い物体ほど速く落下する」と主張していました。確かにコインと木の葉を同じ高さから落とすとコインのほうが木の葉よりも先に地面に着きます。
でもそれは木の葉のほうが大きな空気抵抗を受けるからであり、真空では質量にかかわらず物体が落下する速度は一定です。このことを最初に主張したのはガリレオ・ガリレイでした。真空というものを作り得なかった時代に空気抵抗を削ぎ落とし、落下の本質を捉えたガリレオの慧眼はさすがです。
このように物事の本質を捉えるためには、複雑な現象から余計な情報を削ぎ落とす作業が必要です。これを「モデル化」と言います。
数学を使って現実社会を記述するためにはモデル化のスキルが欠かせません。私たちの身のまわりに起きる現象には「空気抵抗」のような本質を隠すフィルターが何重にもかかっているからです。
モデル化ができなければ、自然科学はもちろん社会学、経済学などにも数学が使えなくなります。
数学を真に「役立つもの」として活用するためにはモデル化の技術は必須なのです。しかし、数学を数学としてだけ学んでいるうちはこれを磨く機会が圧倒的に不足してしまいます。
一方、物理数学というのは、物理現象を数学で表す手法のことですから、物理数学を学ぶことはモデル化のスキルを磨くことに他なりません。読者の皆様には是非、物理数学を通じて数学を役立つものとして活かせるようになってほしいと思います。
物理数学で、ものごとの本質を学ぶ方法を身につけよう
私は、微分積分を使って物理を考えるようになってから、物理を通じて数学がわかるようになるという経験を何度もしました。
計算技法としての側面しか理解していなかった微分積分の意味を、物理現象を通じて理解できるようになったからです。
たとえば運動方程式を置換積分することで力学的エネルギー保存則が得られたり、運動量保存則が得られたりします。この経験は、置換積分の意味と意義を強烈に印象づけてくれることでしょう。
また、微分積分を使えば、てこの原理や遠心力といった「日常における力学」が数式で説明できるようになります。複雑な計算の果てに具体的な物理現象を表す数式が登場する経験を重ねることは、数式には「意味」があることを実感し、「言葉」としての数学の魅力と威力に気づくまたとない契機になるでしょう。
そのため、拙著『はじめての物理数学』では、扱う物理の範囲を高校で学ぶ力学、すなわち「ニュートン力学」に絞りました。これは、「日常における力学」を通して、数式という文字の羅列に秘められたメッセージの存在に気づいてもらいたいからです。
また、ニュートン力学に必要な数学の一つ一つを、言葉の定義→概念の紹介→定理・公式の導出というスタイルにこだわり、それぞれをできるだけ詳述しました。もちろんそれらを物理に応用する方法についても丁寧に書きました。
私の塾では「大人の数学塾」と銘打って社会人の生徒さんたちにも数学や物理の授業を行っています。どの方も学生時代には数学で大変苦労された方々ばかりです。でも、この本と同じ道筋で数学や物理を学ぶことで、例外なく学生時代の鬱憤を晴らされています。私の教え方が特別なわけではありません。
このスタイルこそが、ものごとを論理的に理解するための王道だからです。
回り道のように見えても、このような学び方が実は最短経路であることを私の塾の多くの生徒さんが証明してくれています。
語弊を怖れずに極論すれば、数学も物理も内容そのものはほとんどの方にとって必要ありません。すっかり忘れてしまってもあまり支障はないでしょう。
でも、ものごとの本質を学ぶ方法を身につけることは、人生の宝と言ってもいいくらいかけがえのないことではないでしょうか。『はじめての物理数学』がその一助になれば、筆者としてこれ以上の喜びはありません。
(了)
注)一般に「物理数学」というのは、物理学で用いられる数学的手法全般を指す用語なので微分積分だけでなく、線形代数や群論なども含みますが、『はじめての物理数学』で扱う「物理数学」は微分積分と、微分積分に関わる数学にしぼってあります。
永野裕之(ながの・ひろゆき)
その学習効果の高さからテレビや雑誌でいくども取り上げられ、常にキャンセル待ちの人気を誇る個別指導塾、永野数学塾の塾長。東京大学地球惑星物理学科卒。同宇宙科学研究所(現JAXA)中退。著書に『大人のための数学勉強法』(ダイヤモンド社)『根っからの文系のためのシンプル数学発想術』(技術評論社)『東大教授の父が教えてくれた頭がよくなる勉強法』(PHP研究所)『ふたたびの微分・積分』『ふたたびの高校数学』(すばる舎)他多数。NHK「テストの花道」出演。プロの指揮者としても活動。日本ソムリエ協会公認ワインエキスパート。二女の父。
その学習効果の高さからテレビや雑誌でいくども取り上げられ、常にキャンセル待ちの人気を誇る個別指導塾、永野数学塾の塾長。東京大学地球惑星物理学科卒。同宇宙科学研究所(現JAXA)中退。著書に『大人のための数学勉強法』(ダイヤモンド社)『根っからの文系のためのシンプル数学発想術』(技術評論社)『東大教授の父が教えてくれた頭がよくなる勉強法』(PHP研究所)『ふたたびの微分・積分』『ふたたびの高校数学』(すばる舎)他多数。NHK「テストの花道」出演。プロの指揮者としても活動。日本ソムリエ協会公認ワインエキスパート。二女の父。