カルチャー
2017年12月12日
10人に1人は抱えている!? 他人事ではない「大人の自閉スペクトラム症」
文・備瀬 哲弘
"生きづらさ"の構造を解くカギ「コミュニケーション」
大人になって初めて受診するASDの人は、"生きづらさ"を訴えることが多くあります。どういう事情があるのだろうかと心配しつつ診察で話を聞いていくと、その原因の1つに、周囲の人たちから「誤解され続けている」状況があることがわかってきます。
ASDの特性について、周囲の人に適切に理解してもらい、特性のために生じる言動を誤解されていなければ、この人はここまでつらい思いをすることはなかったのかもしれないと思うことも少なくはありません。
実際、「大人の自閉スペクトラム症(ASD)」は、"生きづらさ"というキーワードと共に語られることが多くあります。それはあたかも、「ASDの特性を有する人」=「生きづらさを抱える人」と、"ワンセット"であるという印象を持たれてしまうのではないかと心配になるような言い回しで語られていることも少なくありません。
誤解は多くの場合、ネガティブな評価を生むことが多いものです。そして、「事実とは異なる誤った理解に基づいて、実際よりもネガティブな評価を下される」可能性があります。
この誤解に基づいた評価はネガティブな接し方、つまり冷淡な視線や素っ気ない態度、面倒臭そうな口調などになりはしないかと心配になることがあります。誤解さえされなければ何ら問題なかったはずのやり取りですら、誤解ゆえに責められたり、見下されたりする可能性もあります。
こういう場合、誤解している相手が1人だったとしても、とてもストレスフルな状況ですが、ASDの人の場合、接するほとんどの方から誤解を受けて、それに基づいた対応をされているということも少なくありません。しかも、それが幼い頃からずっと続いているわけです。これでは、ASDの人が、"生きづらい"と感じても不思議ではありません。
一方で、ASDの人と相対する側にとっても、これは大きなストレスがかかる状況です。たとえいかなる事情があるにせよ、他人に対して冷ややかな態度で接している時、その人は不快な気持ちで過ごし続けるということになるからです。これも、正に"生きづらい"状態に違いないのです。
そのため、お互いの"生きづらさ"を解消するには、できるだけ誤解を解いていくことが必要であり、それにはお互いをより適切に理解していくことが大切になります。
では、周囲から誤解を受けた場合、それを解いていくにはどうすればよいのでしょうか? 結論から言うと、やはり「お互いのコミュニケーションをよりよいものにしていく」しかないと考えます。
ただ、コミュニケーションを取る前から「どうせ無駄だから...」とブレーキをかけてしまうのではなく、「少しずつでも誤解を解いていこう」と考え直して、コミュニケーションを取っていくと、その積み重ねによって、「誤解を受ける一方だった当初からすると、想像もできないほど」よい状況になる可能性は当然あります。「行動する前から諦めてしまわないこと」は、とても大事なことなのです。
大人の自閉スペクトラム症を支える「公助、自助、共助」
ASDの特性に気づき、それと付き合っていくうえで大事なことの1つは、「適切なサポート」を得ることです。サポートには「公助、自助、共助」の3つがあります。
まず「公助」は、国・地方自治体等からの社会保障制度の利用や受給を指します。制度の詳細は、居住地域の役所や保健所で相談してみるとよいでしょう。それぞれの状態に応じた具体的な助言を得ることが期待できます。
次に「自助」ですが、現時点で私は、自助とは何よりも"適切な自己理解"に尽きると考えています。劣等感や自責感にとらわれずに、ありのままの自分を受け入れるということです。
一般的に「大人のASD」では、自助の割合が比較的高くなります。これは「大人」であることで、周囲から「自助」を期待されている現実があるからです。ただ、ASDの人は、自分自身を客観的にモニターすることが苦手です。また、社会的コミュニケーションが苦手という特性があります。これは「他者の心情を適切に想像すること」が苦手なために生じているのです。
そういう苦手な特性も念頭に置くと、大人のASDの人が困っていること、抱えている問題やストレス因などは、診察で確認していくことが多く、基本的には自分で対処するしかない「生活リズム」の問題も検討する必要があります。
最後に「共助」ですが、私はこれが一番難しいと感じています。ポイントを1つだけ挙げるとしたら、"持続可能な役割を担う"ということだと考えます。
診察で「大人のASD」に対する共助を検討する場合、その対象は主に配偶者、親、職場関係者です。それぞれの立場によって現実的な共助の形、換言するとサポートの役割は異なるということを冷静に認識することはとても重要です。しかしその一方で、自己犠牲に偏ったり、期待される役割を要求水準通りに果たせない自分に罪悪感を覚えたりする危険性が共助にはあり、それ故一番難しいといえます。
サポートの必要性も念頭に置くと、ASDをよく知るということは、正確な知識を持つだけでなく、現在の状態と今後の見通しについても、あるがままを恐れずに受け入れるということが重要です。そのうえで、それぞれの役割に応じて、燃え尽きずにサポートを継続することが、有効な共助の形になるでしょう。
毎日の実践の中では、予想と異なる事態に息苦しくなる場合もあるかと思います。そんな時は、周りにいる人に相談し、共助を行う人自身がサポートを得ることも必要です。
たとえば感情的なサポートは親や親友に期待できるでしょうし、実務的なサポートは公的機関の担当者に期待するのが現実的でしょう。大事なのは、共助において自分が担う役割と同様に、他者へ期待する役割についても現実的に判断するということになります。
──『大人の自閉スペクトラム症』(SB新書)では、ここで紹介したAさんのケースのほかにも、22のケースを紹介しながら、周囲はいかに対処したらよいのかを、長年発達障害と向き合ってきた精神科医の備瀬哲弘氏が、最新の研究の動向や豊富な職場での事例をまじえて解説している。
(了)
備瀬 哲弘(びせ てつひろ)
1972年沖縄県那覇市生まれ。精神科医。吉祥寺クローバークリニック院長。精神保健指定医。琉球大学医学部卒業。同附属病院、旧・東京都立府中病院精神神経科、聖路加国際病院麻酔科、JR東京総合病院メンタルヘルス・精神科などを経て、2007年より現職。著書に『発達障害でつまずく人、うまくいく人』(ワニブックス)、『大人の発達障害』(マキノ出版)などがある。
1972年沖縄県那覇市生まれ。精神科医。吉祥寺クローバークリニック院長。精神保健指定医。琉球大学医学部卒業。同附属病院、旧・東京都立府中病院精神神経科、聖路加国際病院麻酔科、JR東京総合病院メンタルヘルス・精神科などを経て、2007年より現職。著書に『発達障害でつまずく人、うまくいく人』(ワニブックス)、『大人の発達障害』(マキノ出版)などがある。