カルチャー
2015年10月15日
習近平の航空機"爆買い"から見る、チタン業界に漂う軍事産業の影
[連載] “レアメタル王”の世界裏読み・逆読み・斜め読み【3】
文・中村繁夫
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日本が米国軍用機の「最良のお得意さん」


チタン会議のプレゼンにて。武器購入を進めている国として日本も挙げられている

 さて、今回の国際チタン会議でもう一つ気になる発表があった。アメリカの軍需産業について"Driving Market Growth Through Innovation"なるタイトルでクリーブランドのAlcoa Defense社のRoegner社長がプレゼンをした内容である。米国防衛産業における「イノベーションを通じたチタン市場の成長」という内容である。

 この発表の中では我が国日本が防衛産業(特に軍用機)の重要な市場としての位置付けにされているのに驚いた。プレゼン資料に示された防衛産業の重点市場がエジプト、アフガニスタン、カタール、クエート、インド、に加えて日本が軍用機の発展市場と認識されているという発表であった。

 発表の内容を聞くにつけて平和産業であるチタン市場分野が一般航空機産業よりも、より軍用機の発展に注力している内容に危惧を感じたのは私だけではなかったと思う。

 今回の安保関連法案の成立直後に、チタン会議に参加したためにアメリカが日本の防衛産業をどのように見ているのかが気になっていた矢先のことである。日本の集団自衛権の閣議決定が何らかの形で米国の軍需産業に資することは当然だが、日本が軍需産業のお得意さんとしてアメリカのチタン業界では認識されており、このような形でチタン産業の関与を示されると長年にわたりチタン産業に関わってきた私としては複雑な気持ちである。

 アメリカの景気はシェールガス・シェールオイル景気に支えられているが、来年の大統領選に向けていろんなプロパガンダが繰り広げられている。オバマ政権の在職中にはこれといった成果が無いだけに置かれた立場は複雑である。特に最近になって来年度の大統領選の候補者らがオバマ外交を「弱腰」と批判されるのを避けるために、南シナ海の中国との対立姿勢は強気を演出している。

 つい最近も米軍機と中国の戦闘機が中国領海で異常接近するなど一触即発の危険性もあったが、今後の米中関係は決定的な対立を避けるべく双方の着地点を見いだせるかが問題となる。ウクライナ紛争から始まったロシアへの経済制裁や、イスラム国家やベネズエラを含む産油国への原油価格の下方誘導やシリアへの空爆も何か不自然な動きに感じてならない。

中露が軍事行動を推進せざるを得ないワケ


筆者(国際チタン会議にて)

 一方の中国当局は景気下支えのために昨年秋以降、相次ぐ利下げなどで金融を緩和し、インフラ投資を加速させているが、全くその効果は表れていない。失速懸念を払拭するのに躍起の習政権だが、下がりすぎた人民元相場を買い支える原資として保有する米国債を「爆売り」しているなども「やる事なす事」が矛盾しているために、市場の反応は正直であり習近平政権と中国経済が市場の信頼を取り戻すのは難しそうだ。

 中国側の足もとの景況感は不振を極めているが、習氏の訪米直後に英調査会社が公表した中国の景況感を示す9月の製造業購買担当者指数(PMI)速報値は下落している。好不況の判断となる指標を7カ月連続で割り込み、6年半ぶりの最低水準に落ち込んでいるのだ。国内の不平不満を逸らすために反日運動や南シナ海への軍事行動も大変に不自然な感じがしてならない。中国の経済の立て直しには武器輸出が手っ取り早いと考えている節がある。

 さらに今回のチタン会議で会ったロシア人の友人との会話の中では、今やロシアの軍用機の生産量はアメリカを追い抜いたと聞いてこれまた驚いた。

 経済制裁に苦しむロシアであるが原油価格の不振を補うためにも武器輸出や軍用機輸出も必要になってきているとの話題が出ているし、民間航空機でもボーイングやエアバスを遥かに凌ぐ超大型旅客機の製造が始まるとの情報もありこと話題には事欠かない国際会議であった。

 日本でも、武器輸出三原則を転換し、積極的に武器輸出を行うことに方針変換している。今や日本のエレクトロニクス産業は軍需技術の塊であるからデバイスだけの輸出より、付加価値の高い武器輸出に転換する流れも避ける事はできないのかもしれない。また、日本の防衛産業からすれば、武器関連輸出に注力しないと、中国をはじめとする他国が輸出するだけ、ということだろう。軍事的な緊張が起これば起こるほど、日本もこの流れに押し流されていくのかもしれない。

 これまでの全ての侵略戦争は防衛の名のもとに始まっている事を人類の歴史は証明している。これまでの国際チタン会議は平和利用のチタンの用途(石油化学、電解設備、建築土木、自動車、民間航空機、医療・民生用途など)の話題が中心であったが、今回の会議は軍需関連用途の話題が聞こえてきたことに危惧を感じている。

 なお、中国事情に関しては、拙著『中国との付き合い方はベトナムに学べ』(SB新書)でも詳しくふれている。あわせてご一読いただければ幸いである。

※本記事は、ウェブマガジン「WEDGE Infinity」掲載の連載記事を再編集したものです。






中国との付き合い方はベトナムに学べ
中村繁夫 著



【著者】中村繁夫(なかむらしげお)
京都府生まれ。大学院在学中に世界35カ国を放浪。専門商社の蝶理に入社し、以後30年間レアメタル部門で輸入買い付けを担当する。2004年、部門ごとMBOを実施し、日本初のレアメタル専門商社アドバンストマテリアルジャパンの代表取締役社長に就任する。「レアメタル王」として、世界102 カ国で数多くの交渉を経験するなかで、ベトナム人の交渉術が日本人に参考になることを説く。近著は、『中国との付き合い方はベトナムに学べ』(SBクリエイティブ)。
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