スキルアップ
2016年11月16日
ビジネス戦略にも通じる「戦車の戦い方」とは?
文・木元 寛明
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戦車の戦いはランチェスターの2次則


 集中の原則はランチェスターの交戦理論の数理で証明されます。ランチェスターの交戦理論は、両軍の兵力損耗を連立微分方程式で定式化したもので、代表的モデルとして、1次則モデルと2次則モデルがあります。

 1次則モデルは一騎打ちの法則で、勝者と敗者の兵力損耗は等しくなるというものです。たとえば戦国時代の合戦のように、刀槍弓矢などによる個人の戦いの集積が合戦の結果を決めました。いくつかの前提はありますが、基本的には相手側より多くの兵力を集めて決戦を行うことが戦勝の決め手でした。

 2次則モデルは総合戦闘力で戦う近代戦を対象とし、戦闘力は兵力数の二乗に比例し、集中すればするほど圧倒的に優勢となることを示しています。近代戦は兵士の1対1の戦いではなく、武器の主力は火砲(小銃、機関銃、大砲、ミサイル、戦車など)となり、戦闘はシステム的に行われます。

 2次則モデルは戦車対戦車、軍艦対軍艦、戦闘機対戦闘機の戦いなどの場面にも適用できます。例えば、資質・装備が均質・均等な兵力5対3の戦車部隊がお互いに全力で戦った場合、劣者がゼロになったとき、優者はどれだけ生き残るでしょうか? 答えは4です。

 ランチェスターの2次則モデルでは、次のような計算式が成り立ちます。

  5^2-3^2=x^2-0=4^2 (答え)x=4

 このモデルによれば、兵力3の戦車部隊が0に減じたとき(全滅したとき)、兵力5の戦車部隊は4すなわち80%生き残ります。両軍の相対的な戦力比(訓練練度、火器の性能など)を表す交換比を1と仮定した場合(両軍は等質の部隊)の単純化した計算式です。

 お互いの戦車部隊を均質と仮定し、500両の戦車と300両の戦車が、大平原あるい砂漠で全力展開して戦えば、一方は400両の戦車が生き残り、もう一方は全滅するというすさまじい結果になります。これは決して荒唐無稽な数字ではありません。ランチェスターの2次則モデルは、多くの戦史データからもその有効性が証明されているのです。

 発想を逆転して考えれば、全体として兵力が劣勢であっても、決勝点に優勢な兵力を集中すれば、戦勝を獲得することができます。古来、寡兵をもって大敵を破った戦例がたくさんありますが、このような「集中」できる状況をいかにして作為するか、指揮官の力量すなわち戦術能力が問われる場面であります。

 F・W・ランチェスター(英国)が1916年に発表したランチェスターの法則は、古代から現代までの戦争の経験から帰納された「集中の原則」を数理として説明し、優勢兵力必勝の原則として著名です。

 今日では軍事OR(オペーレーションズ・リサーチ)だけではなく、社会や経済活動などの幅広い分野に応用されています。第2次世界大戦後のわが国では、ORは主として経済的な面から注目を浴びました。そして、ランチェスターモデルは販売競争の分析モデルとして、マーケティングの分野で広く応用されています。

 戦車運用の原則は"集中"と"機動打撃"ですが、マーケティングと市場の関係もこれとよく似ていると言えるでしょう。

(了)


戦車の戦う技術
マッハ5の徹甲弾が飛び交う戦場で生き残る
木元 寛明 著



木元 寛明(きもと ひろあき)
1945年、広島県生まれ。1968年、防衛大学校(12期)卒業後陸上自衛隊入隊。以降、第2戦車大隊長、第71戦車連隊長、富士学校機甲科部副部長、幹部学校主任研究開発官などを歴任して2000年に退官(陸将補)。退官後はセコム株式会社研修部で勤務。2008年以降は軍事史研究に専念。主な著書は『自衛官が教える「戦国・幕末合戦」の正しい見方』(双葉社)、『戦術学入門』『指揮官の顔』『ある防衛大学校生の青春』『戦車隊長』『陸自教範『野外令』が教える戦場の方程式』『本当の戦車の戦い方』(光人社)。
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