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2017年5月10日
元・陸将補が明かす『戦術の本質』──上陸作戦は「最初の24時間」で決まる
文・木元 寛明
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優勢な上陸部隊にも弱点はある


 上陸作戦の本質を突き詰めていくと、限定された時間(24時間以内)ではありますが、そのチャンスはあります。ロンメルはそのことをよく理解していました。このチャンスを戦術の本質から考えてみましょう。

 圧倒的に優勢な陸海空戦力で上陸を企図する部隊にも、本質的な弱点があります。大規模な上陸作戦では、全上陸部隊が一気に上陸することは不可能で、概略(1)~(6)のような段階を経ざるを得ません。

 上陸部隊の最大の弱点は、『海上(船)に在る主力部隊、先遣上陸部隊、空挺部隊などが、概略3つのグループに分離して相互支援ができないこと』です。また『海岸付近に上陸した部隊に対する艦砲支援と航空支援は一時的に途絶』します。海岸付近では、敵部隊と上陸部隊が混在する状態となり、上陸部隊に被害が及ばないように、艦砲射撃は射程を延伸し、航空攻撃も控えざるを得ないからです。

 この段階では、上陸部隊や空挺部隊に戦車や大砲などの重火器はなく、しかも艦砲支援や航空支援も限定され、『一時的に孤立無援』の状態になります。上陸した部隊の統一指揮も困難で、組織的な戦力発揮ができない状態です。防御側の準備状態にもよりますが、ノルマンディー上陸作戦でもこのような状況が実際に起きています。


分離した上陸部隊を機甲部隊で各個撃破する


 防御側がこのような『上陸部隊の分離状態』に乗ずるには、強力なパンチ力のある『機甲部隊による攻撃が必須』です。防御準備の段階から、機動打撃が行えるように、あらゆる準備に万全を期すことが前提となります。機甲部隊は敵の艦砲射撃や航空攻撃から生き残ることが絶対に必要で、機動打撃時には航空支援も必要です。

 戦術原則では、このような戦い方を『各個撃破』といいます。海上と陸地に縦に分離、地域の特性により横に分離、時間差による分離など、各種の分離状況をうまく利用して、『主力と分離した一部の敵を各別に撃破する戦い方』が各個撃破です。このような分離状況は自然に起きることもあり、人工的に作為することもあります。指揮官の戦機を看破する機眼(きがん)が問われる場面です。

日本海海戦の敵前回頭とは(『戦術の本質』p.147より)

 全体的には劣勢勢力であっても、このような機会をうまくとらえると勝利を獲得することが可能で、戦史には多くの成功例があります。ナポレオンの「ガルダ湖畔の戦い」(1796年)、日本海海戦の敵前回頭(1905年)などは、各個撃破を狙った好例です。

 1944年6月6日、連合軍による史上最大の上陸作戦が決行され、多くの人間ドラマが生まれました。この運命の日に、ドイツ軍最高司令官ロンメル元帥は休暇でドイツに帰っており、ノルマンディーの現地にはいなかったのです。上陸作戦の最初の24時間以内にドイツ軍にも好機がありましたが、機動打撃を担う機甲師団はヒトラーの許可――このような戦理を無視した縛りがあった――が得られず、動けなかったのです。

 戦いは錯誤の連続で、「錯誤の少ないほうが勝つ」といわれます。「基本と原則に反するものは例外なく時を経ず破綻する」とドラッカーもいっています。

――木元さんの語る『戦術の本質』は現実の戦闘のみならず、ビジネスの現場で直面する戦いを制するヒントにもなるでしょう。

(了)


戦術の本質
戦いには不変の原理・原則がある
木元 寛明 著



木元 寛明(きもと ひろあき)
1945年、広島県生まれ。1968年、防衛大学校(12期)卒業後、陸上自衛隊入隊。以降、第2戦車大隊長、第71戦車連隊長、富士学校機甲科部副部長、幹部学校主任研究開発官などを歴任して2000年に退官(陸将補)。退官後はセコム株式会社研修部で勤務。2008年以降は軍事史研究に専念。主な著書は『戦車の戦う技術』(サイエンス・アイ新書)、『自衛官が教える「戦国・幕末合戦」の正しい見方』(双葉社)、『戦術学入門』『指揮官の顔』『ある防衛大学校生の青春』『戦車隊長』『陸自教範「野外令」が教える戦場の方程式』『本当の戦車の戦い方』(光人社)。
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