スキルアップ
2013年12月26日
五輪招致を決めた「チームプレゼン」の巧みな仕掛けとは
[連載]
心を動かす!「伝える」技術【2】
文・荒井 好一
「転」は、三本の矢でハートをワクワクさせた
ニック・バーリー氏が仕掛けた「転」は、「起」「承」と同様に、三本の矢でIOC委員たちのハートを射すくめようというものでした。
第一の矢は、滝川クリステルさんに託されました。3人の実務者たちが、都市のインフラや治安、財政などハード面の充実ぶりを強調したのに対して、滝川クリステルさんはホスト都市が兼ね備えるべきソフト面をアピールしました。
それも実に大胆に鮮やかに、東京の文化や日本の文化の神髄をひと言で言い表し、華麗 な手のジェスチャーで強烈にインパクトを与えました。
「東京は皆様を、ユニークにお迎えします。『お・も・て・な・し』です。(中略)見返りを求めないホスピタリティの精神、(中略)「おもてなし」という言葉は、なぜ日本人が互いに助け合い、お迎えするお客様のことを大切にするかを示しています。ひとつ簡単な例をご紹介しましょう」
ここが上手いですね。簡単な例を、と言っておきながら「おいおい、それが簡単なことなのか!」と、倍返しする論法をさらりと使いました。
「もし皆様が東京で何かを失くしたならば、ほぼ確実にそれは戻ってきます。たとえ現金でも。実際に昨年、現金3000万ドル以上が、落し物として、東京の警察署に届けられました」
落としてもほぼ確実に戻ってくる、キャッシュでも3000万ドル以上が......。アンビリーバブル! と驚かせるとともに、さらに追い打ちをかけます。
「世界を旅する7万5千人の旅行者を対象として行った最近の調査によると、東京は世界 で最も安全な都市です」
さらに、公共交通機関の正確な運行も第一位。街中の清潔さ、そしてタクシーの運転手 の親切さも第一位と、続けました。ここでIOC委員たちはまたもや想起します。 東日本大震災において略奪を一切起こさず、秩序だって行動していた日本国民の姿。2005年8月、米・ルイジアナ州をハリケーン・カトリーナが襲った時、ニューオリンズ市では略奪が相次ぎ、救援車両・医薬品輸送車への襲撃なども行われ、市内は無法地帯と化しました。2008年5月、中国四川大地震では、支援物資の窃盗や略奪が繰り返されたのに、2011年3月の日本はどうだったか――。
米国のニューヨークタイムズが社説で、「米国人は日本人の精神から学ぶべきことがあるはず」と書いたあの出来事です。
利他の精神が自然に身に付いている日本人の見返りを求めないホスピタリティ、それが「落とした現金が返ってくること。公共交通機関の正確な運行」に繋がっているのではないか。そうか、そういった素晴らしい国民性と文化をもつ国でオリンピックを開催しようとしているのだと、IOC委員たちに想起させたのでした。
しかしだからといって、ストイックなつまらない国ではありませんよ、と滝川クリステ ルさんは続けます。
「最高級の西洋的なショッピングやレストランが、世界で最もミシュランの星が多い街にあり......全てが、未来的な都市の景観に組み込まれています」
このように書くとアピールが自慢気に響きますが、全く嫌みや押しつけは感じさせませんでした。何しろ、あなたたち(IOC委員やアスリート、観衆)のために「お・も・て・な・し」をしようと言っているのですから。
★★ここが学びのポイント★★
聞く側の負担を軽くするような言い回しを、マスターしましょう。
☆滝川さん「ひとつ簡単な例をご紹介しましょう」......簡単だったら、聞きやすいと感じる。
☆竹田理事長「私たちの立場はシンプルです」......シンプルなら、理解しやすいだろうと感じる。
☆このほかの例では「3分だけ、お時間をいただきます」......3分くらいなら、まぁいいかと感じる。
☆「今日は、ご説明だけに絞らせていただきます」......交渉や契約関連はなしだから、気が楽だと感じる。
【著者】荒井 好一(あらい よしかず)
総合広告会社・大広(業界4位)に38年在籍し、クリエイティブ・ディレクターとして、パナソニック、キリンビール、武田薬品などを中心に600本余りのプレゼン歴がある。クリエイティブ局長、経営企画局長を経て人事担当役員に就任し、専門教育プログラムを開発。2010年に、「一般社団法人 日本プレゼン・スピーチ能力検定協会」を設立し、理事長に就任。 新しいプレゼンテーションとスピーチの価値を開発・啓蒙すべく、日々研究を重ねている。 「目・手・声」の身体コミュニケーション機能を駆使する独自のメソッドで、「プレゼン・スピーチセミナー(全5回コース)」を、東京・永田町教室で30 期、大阪教室で5期、開催してきた。企業研修でも、みずほ総研のプレゼンテーション講座や、東京海上日動火災保険のカフェテリア研修に採用されている。企業経営者や幹部向けを含むパーソナルレッスンを60回以上実施。IT企業や技術メーカーの「伝えられる技術職」「売れる営業職」のスキル向上にも貢献し、高い評価を得ている。 著書に、『心を動かす!「伝える」技術 五輪招致7人のプレゼンターから学ぶ』(SBクリエイティブ)、『日本人はなぜスピーチを学ばないのだろう』(象の森書房)がある。
総合広告会社・大広(業界4位)に38年在籍し、クリエイティブ・ディレクターとして、パナソニック、キリンビール、武田薬品などを中心に600本余りのプレゼン歴がある。クリエイティブ局長、経営企画局長を経て人事担当役員に就任し、専門教育プログラムを開発。2010年に、「一般社団法人 日本プレゼン・スピーチ能力検定協会」を設立し、理事長に就任。 新しいプレゼンテーションとスピーチの価値を開発・啓蒙すべく、日々研究を重ねている。 「目・手・声」の身体コミュニケーション機能を駆使する独自のメソッドで、「プレゼン・スピーチセミナー(全5回コース)」を、東京・永田町教室で30 期、大阪教室で5期、開催してきた。企業研修でも、みずほ総研のプレゼンテーション講座や、東京海上日動火災保険のカフェテリア研修に採用されている。企業経営者や幹部向けを含むパーソナルレッスンを60回以上実施。IT企業や技術メーカーの「伝えられる技術職」「売れる営業職」のスキル向上にも貢献し、高い評価を得ている。 著書に、『心を動かす!「伝える」技術 五輪招致7人のプレゼンターから学ぶ』(SBクリエイティブ)、『日本人はなぜスピーチを学ばないのだろう』(象の森書房)がある。