スキルアップ
2013年12月26日
五輪招致を決めた「チームプレゼン」の巧みな仕掛けとは
[連載] 心を動かす!「伝える」技術【2】
文・荒井 好一
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相手が気にしていることは最初に言っておく


 「転」の三番手は、安倍総理大臣です。安倍さんが総理大臣の役割として直接果たしたのは、次の二点でした。

 後の質疑応答を含めて、「フクシマについて、お案じの向きには、私から保証をいたします。状況は、統御されています。東京には、いかなる悪影響にしろ、これまで及ぼしたことはなく、今後とも、及ぼすことはありません」と、原発の不安を打ち消したことです。

 それも後回しにせずに、最初に不安材料をさらりと消しましたから、IOC委員たちは以降のスピーチを安心して聞くことができました。相手が結論の前提として気にしていることは、最初に話をすれば双方共にプレゼンテーションに集中できるようになります。

 もうひとつは、「真新しいスタジアムから、確かな財政措置に至るまで、2020年東京大会は、その確実な実行が、確証されたものとなります」と、JOCや東京都に対して国を挙げて支援すると約束したことでしょう。もちろん、この2つはお約束ごとです。この2つを伝える役割なら「転」のポジションの登場でなくても良かったはずです。

 ニック・バーリー氏が仕組んだのは、「私は本日、もっとはるかに重要な、あるメッ セージを携えてまいりました」と安倍首相に言わせたことでした。

★★ここが学びのポイント★★
 相手が気にしていることは最初に言っておきましょう。
 このプレゼンを受けるにあたって相手側は、何が気になるのか、そのことを先に解決しておかないと、相手はプレゼンの提案の中身に集中してくれません。


なぜ「個人的な話」がプレゼンでは重要なのか


 カーマイン・ガロ氏の記事「日本のプレゼンに成功の七法則」の四番目の法則に、前述の「個人的な話をしよう」があります。

「人と人の気持ちをつなぐのに、物語は重要だ。ビジネスの世界ではそうした才にたけた人はほとんどいない。日本企業で連綿と続いてきたパワーポイント式のプレゼンは、他のどの国のビジネスシーンでのパワーポイント式プレゼンと変わりはなく、エピソードが語られることもほとんどない。東京の五輪招致プレゼンは違った。安倍晋三首相を含む発表者全員が、スポーツによって人生がどう変わったかを語りかけた。安倍首相の場合は1973年に大学で始めたアーチェリーだったという」(カーマイン・ガロ氏・前出)

 安倍首相は、自身の体験を次のように語り始めます。

「私ども日本人こそは、オリンピック運動を、真に信奉する者たちだということであります。この私にしてからが、ひとつの好例です。私が大学に入ったのは、1973年、そして始めたのが、アーチェリーでした。一体どうしてだったか、おわかりでしょうか。その前の年、ミュンヘンで、オリンピックの歴史では久方ぶりに、アーチェリーが、オリンピック競技として復活したということがあったのです。つまり私のオリンピックへの愛たるや、そのとき、すでに確固たるものだった。それが、窺えるわけであります。いまも、こうして目を瞑りますと、1964年東京大会開会式の情景が、まざまざと蘇ります。いっせいに放たれた、何千という鳩。紺碧の空高く、五つのジェット機が描いた五輪の輪。何もかも、わずか10歳だった私の、目を見張らせるものでした」

 この「個人的な話をしよう」という教えは、日本人にはあまり馴染みのないものですが、とても重要な意味を持ちます。

『TEDトーク 世界最高のプレゼン術』第五章にも、「オープニングでは、あなたのパーソナルストーリーを語る」という記述があります。プレゼンターやスピーカーが肩書きや役割で話してしまう日本人は、プライベートな事柄は横に置いて本論からとなりがちです。ところが欧米では、プレゼンターやスピーカーがどのような人なのか、どのような個人のストーリーを持って登場するのか、そこを一斉に注目するという背景があります。

 安倍首相はこの役割をしっかりと演じてくれました。1964年の東京五輪にあこがれた安倍少年、そしてアーチェリーを大学で始めた安倍青年――。

 十分に「転」の役割をこなしてくれた安倍首相には、やはり一国の総理大臣としての本来の役割も果たしていただいて、次の「結」を導いてもらわなければなりません。

「その翌年です。日本は、ボランティアの組織を拵えました。広く、遠くへと、スポーツのメッセージを送り届ける仕事に乗り出したのです。以来、3000人にも及ぶ日本の若者が、スポーツのインストラクターとして働きます。赴任した先の国は、80を超える数に上ります。働きを通じ、100万を超す人々の、心の琴線に触れたのです」と、行政の長としての実績をアピールしました。

 そして、決断を促すビジュアルハンド(目に見せる手)のアクションを駆使して、安倍首相はIOC委員たちと同じ位置に立っていることを伝えました。

「今日、東京を選ぶということ。それはオリンピック運動の信奉者を、情熱と、誇りに満ち、強固な信奉者を、選ぶことにほかなりません。スポーツの力によって、世界をより良い場所にせんとするためIOCとともに働くことを、強くこいねがう、そういう国を選ぶことを意味するのです。みなさんと働く準備が、私たちにはできています」と、力強く締 めくくり、「結」の強力な露払いを行いました。

「みなさんと働く準備が、私たちにはできています」という台詞は、まさに一国の代表者だけが使える重みと内実を兼ね備えていました。

★★ここが学びのポイント★★
 相手に対して、判断するプレッシャーを軽減する工夫も必要です。
 プレゼンテーションを受けている相手は、ジャッジしなければいけないプレッシャーを抱えています。そこで、そのジャッジは個人的利益ではなく共通のもっと大きな利益に叶うことを伝えてあげると、プレッシャーは緩和されます。また、他の誰かのためになることを付け加えることも有効です。

(了)
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心を動かす!「伝える」技術
五輪招致7人のプレゼンターから学ぶ
荒井好一 著



【著者】荒井 好一(あらい よしかず)
総合広告会社・大広(業界4位)に38年在籍し、クリエイティブ・ディレクターとして、パナソニック、キリンビール、武田薬品などを中心に600本余りのプレゼン歴がある。クリエイティブ局長、経営企画局長を経て人事担当役員に就任し、専門教育プログラムを開発。2010年に、「一般社団法人 日本プレゼン・スピーチ能力検定協会」を設立し、理事長に就任。 新しいプレゼンテーションとスピーチの価値を開発・啓蒙すべく、日々研究を重ねている。 「目・手・声」の身体コミュニケーション機能を駆使する独自のメソッドで、「プレゼン・スピーチセミナー(全5回コース)」を、東京・永田町教室で30 期、大阪教室で5期、開催してきた。企業研修でも、みずほ総研のプレゼンテーション講座や、東京海上日動火災保険のカフェテリア研修に採用されている。企業経営者や幹部向けを含むパーソナルレッスンを60回以上実施。IT企業や技術メーカーの「伝えられる技術職」「売れる営業職」のスキル向上にも貢献し、高い評価を得ている。 著書に、『心を動かす!「伝える」技術 五輪招致7人のプレゼンターから学ぶ』(SBクリエイティブ)、『日本人はなぜスピーチを学ばないのだろう』(象の森書房)がある。
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